• モノクロの画像のよう。雪にまみれたキャンプ用の椅子も、フカフカで座り心地がよさそうだ。冬季オリンピックも2020の東京も、いろいろ取りざたされて、一見華やかなのか、経済の活性化なのか、あるいは国威発揚なのか、はなはだ疑問である。自国のメダル数よりも、純粋なスポーツの、素晴らしいアスリートの活躍に注目もしたいと思う。今時世界的な視野ですべてが動いている感のある経済と政治。大切な自然の中の人間の営みを、少... 続きを読む
  • 12月初旬の富山駅前。羽田からのフライトで富山空港へ着く。航空機はほぼ満席の250人は乗っていたので、すぐさま富山駅までのバスへ乗った。「きっとバスも混むだろう」との予測は大きく外れた。バスにはたった10人ほどしか乗らなかった。はて。。。皆さんどこへ?夕刻のフライトだったので、富山県民の搭乗が多かったのかもしれない。あとで調べると空港の横には、広大な無料駐車場が備わっていた。日本一お金持ちの県と私は認識し... 続きを読む
  • 11/19の朝景。冠雪と朝焼けが、朝の空気を張りつめさせてくれる。その日の昼に出会った光景がこれ。画像にも反映されているこの堂々とした雰囲気。眼はおごらず、顎も引けて、そして肩の力もなくリラックスしている。大きくなったらどんな男になっているのだろうと、想像を膨らませるね。もちろんまだ幼稚園で、幼児らしい落ち着きのなさや奇声も発するのだが、そこは彼の世界があって、彼らしい好奇心と子供らしさを素直に巻き散... 続きを読む
  • 19回目の年に一度のオフ会。今年は見事に出来上がったBBQコーナーと、新たに手作りされたピザ窯がフル稼働。そのホテルは「ホテルいそかぜ」長く付き合わせてもらっているホテルだが、とにかく融通が利いていろいろと使える宿だ。BBQの炉上やピザ窯にも屋根を構えて、少々の雨天でも十分楽しめる。もちろんやや高台に位置するホテルの庭であり、180度のオーシャンが目に飛び込んでくる。私は釣りには参加できなかったが、20人ほど... 続きを読む
  • 外で遊ぶときは餌はほとんど持ち歩かなかった。自然の中で遊べる楽しさも、身に付けてくれていたのだろう。8歳半ば(推定)の命だったが、いっぱいけなげに生きて、いっぱい癒された。ありがと。... 続きを読む
  • しばらくアップが空いたので・・・7月の蓮の花は凛として可憐である。淡い桃色の花びらが、まもなく大きく開こうとする寸前は、淑やかでなんとも清楚なのだ。世の中、女性の台頭が目覚ましいが、「このハゲー!」はいかがなものか。これは女性以前の問題だろうが、いつの時も女性を意識していただきたいものだ。己を知る・・・だが今、何に執着しているのかに気づくことにうといのでは・・・感情をコントロールできないのならば、や... 続きを読む
  • 紀州の海は男性的な海だと思う。それは若い頃に何度となく見て、青い黒潮をイメージさせ、そんな中にも岩に砕ける真っ白な波が対照的で、背後の山には、神や仏がたたずむとされる山深い紀伊山地が間近に迫っているからだ。仏とは真言高野山、神とは八咫烏の熊野三山、そして修験者道場の大峰山。いずれも険しい山中だが、そこから流れ出る清らかな水は、この海へ注がれる。人々の在り方、人々の利他行の大切さ、そして人も自然も生... 続きを読む
  • 画像は今年5月23日の南伊豆でのもの。晴れて霞もなく黄砂もなく清々しい夏の海といった光景。今年の4月5月は気温も高く雨も少なく、もちろん夏と比べれば湿度も低い。さて・・・今後の本格的な梅雨や真夏がどうなるのか、予測不能な気候の先行きに個人的には気温より豪雨や台風を心配してしまう。とにかく穏やかな気候であって欲しいと願うばかりだが、それもまた仕方のないことか。だが・・・人為的な不安は増すばかりで、国会の... 続きを読む
  • キュウリ、水ナス、枝豆、ミニトマト・・・4月に苗から植えたもの。上の画像はピーマン。あと毎年苺ができるが、今年の出来栄えはどうだろう。たいした世話もしていないのだが・・・昨日、高知県黒潮町がテレビで取り上げられていた。何回も何回も話し合いもし、そして何度も何度も津波対策訓練を繰り返してきた。その数は数百回。1万人ほどの町だが、海の恩恵に感謝しながら高い堤防は作らない。人と自然の共存がこの町に感じられ... 続きを読む
  • 自宅のすぐ近くにこんなガーデンが。。。3/25オープンまで約1年間入れなかった里山は、このように変貌した。全体の面積としては400mトラックが4個は入るだろうか。ここは元々芋畑だった斜面。湿地帯も以前と変わらず保存されているが、ここはメインの大花壇。スミレやパンジー、チューリップやラベンダーなども入っている。犬にとって花があろうがなかろうが、興味はないだろう。だが人にとっては心休まる色と命かもしれない。さて... 続きを読む

しなびたオコゼ

大阪の海沿いで1954/2月生まれ
3人兄弟の3男坊
25歳で単身横浜へ
幼少期この海で多くのオコゼがいた
だがもうこの海岸線は消された
砂地の浅瀬が消えた事で
生態系も変わったようだ
はて、この凡夫は
変わったのか、そのままなのか
煩悩の塊そのままで。。。

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