• 紀州の海は男性的な海だと思う。それは若い頃に何度となく見て、青い黒潮をイメージさせ、そんな中にも岩に砕ける真っ白な波が対照的で、背後の山には、神や仏がたたずむとされる山深い紀伊山地が間近に迫っているからだ。仏とは真言高野山、神とは八咫烏の熊野三山、そして修験者道場の大峰山。いずれも険しい山中だが、そこから流れ出る清らかな水は、この海へ注がれる。人々の在り方、人々の利他行の大切さ、そして人も自然も生... 続きを読む
  • 自宅のすぐ近くにこんなガーデンが。。。3/25オープンまで約1年間入れなかった里山は、このように変貌した。全体の面積としては400mトラックが4個は入るだろうか。ここは元々芋畑だった斜面。湿地帯も以前と変わらず保存されているが、ここはメインの大花壇。スミレやパンジー、チューリップやラベンダーなども入っている。犬にとって花があろうがなかろうが、興味はないだろう。だが人にとっては心休まる色と命かもしれない。さて... 続きを読む
  • 先日撮った航空機からの画像。左の港が南伊豆は入間港、中央やや右に中木港が見える。ANA機だったが出発が30分以上遅れた。(機材の到着遅れ)だがこの南伊豆上空を通過するかと思ったが、進路を南向きに変えて新島上空へ。今の羽田は2機同時に離発着が可能にもかかわらず、混んでいるみたい。「すでに35分ほど遅れているのに、、、あぁこの飛行機はどこへ行くの?」といった気分。結局40分遅れで羽田へ着陸。予定では約1時間少々のフ... 続きを読む
  • 昨年の長崎も暑かった。画像は長崎平和記念公園の一角。横浜の昨日は37.7度、さっき測ってみると34.0度。4度近い差はとても過ごしやすくありがたいと思った。いつもの夏を実感でき、外でいてもなんとか耐えられる温度。でもまだ34度なのだけれど。。。あの時の広島・長崎は37度の類ではなかった。自然の暑さではなく原爆の熱であり爆風であり放射線であったのだから。私の高校の友人に「世界が核を持つなら、当然日本も核武装すべ... 続きを読む
  • さて今週、委員会採決を通過か・・・今まで一度たりとも自民に票を投じたことはないが、そんな自分はよほどの意固地な人間だろうか?意固地と言えば委員会での野次の応酬。質疑の当事者までが野次を飛ばす。質疑は質疑として、なぜそれを冷静に理論的にやり取りできないのだろうか。それは資質の問題かと・・・・「殴られたら殴り返せ」クールジャパンと最近もてはやされているが、軍事的抑止力を持って「殴り返す日本」とは相いれ... 続きを読む
  • 昨日は桜の上に雪という寒さだったが、20℃以上の暖かさから一気に2℃へ。そんな日も我慢して寒気が過ぎ去るのを待つしかない。さて戦後70年。戦後10年目に生まれた私にとっては、うっすらと戦争の匂いの記憶はある。親父も戦争に行った人間だが、そんな人々がこの国を支えてきたのは確かだ。だが70年の間に何が変わって何が変わっていないのか。私が子供の頃は昭和天皇と皇太子。その皇太子が今は天皇。あまりにも遠い存在の人物だ... 続きを読む
  • 五月の夕陽また仕事先のエアポートビューから撮ってみた。4月に種を植え、育ってくれたラディッシュ。食べることより成長してくれただけで嬉しくなる。個人の生命、身体、精神及び生活に関する利益は、各人の人格に本質的なものであって、その総体が人格権であるということができる。人格権は憲法上の権利であり(13条、25条)、また人の生命を基礎とするものであるがゆえに、我が国の法制下においてはこれを超える価値を他に見出す... 続きを読む
  • 隠れた裏ではなく、居間にあったみかんがひからびてきた。せっかく頂いたみかん、めじろにも食べていただこう。久々の餌付け。かつてのように気長に待つ。。。と言うより、気が向いたら覗いてみよう。しばらくして1回目の気付きに、すでにめじろは来ていた。窓の内側から・・・そおっと そしてパチり。塀ひとつ隔てたすぐ横の道路で車が通っても、たじろがないめじろ。たじろぐと言うより、危険を感じないのだ。みかんの一粒ずつ... 続きを読む
  • 見る人が見れば、どこの浮きなのかすぐにわかる。「めじな研究所」ブランド。私の大好きな浮きで、このような位置で漂ってくれる。浮きは無機質でなにもしてくれない。だがこのように、釣り人の設定・操作によって、潮に乗ってどんどん流れてくれる。浮きが支点となって、いろんな海域を探ってくれる。潮の流れる先の、潮と潮がぶつかる潮目や、魚のいるだろう海域へ。そんな知的想像力を生かした釣りがこの釣り。参議院選挙の2週... 続きを読む
  • 夜明け前の富士。今年もよろしくお願いいたします。過去を悔んでも始まらない、将来を期待しても不確かだ。ならば今を精いっぱい生きてやろう・・だね。... 続きを読む

しなびたオコゼ

大阪の海沿いで1954/2月生まれ
3人兄弟の3男坊
25歳で単身横浜へ
幼少期この海で多くのオコゼがいた
だがもうこの海岸線は消された
砂地の浅瀬が消えた事で
生態系も変わったようだ
はて、この凡夫は
変わったのか、そのままなのか
煩悩の塊そのままで。。。

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