【長野 宿場町 海野宿】
2013/09/16(Mon)
130903海野宿02

9月に入って長野の宿場町、まずは海野宿へ。
中山道と言いたいところだが、厳密には北国街道のほぼ終点で、
少し行けば中山道だ。

ゲリラ豪雨が心配されたがなんとかかわして、
雨上りの宿場も空も清々しかった。

130903海野宿01

海野宿保存会は石和会長の温和で聞きやすい案内で。。。
石和会長のご実家は宿場街の中に現存する。
そこで生活をされている方の生のお話は、聞くに値するが、
会長のリアリティ溢れる語り口は、穏やかで体験から来るやさしさもあった。

130903海野宿03

海野宿は袖うだつでも有名だが、独自の海野格子も見るものがあった。
元は名手海野氏の集落だったが、今はひとりも残っていないらしく海野姓の方はいないらしい。

東御市の海野宿は派手に観光化されていない素朴な宿場。
そんな意味ではこのままの姿で残って欲しいと思った。
宿場の中の民宿は1件、現在建築中です。
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【北軽井沢 美味しい蕎麦】
2010/07/11(Sun)
100706北軽井沢みのり01

先週のお仕事で立寄った蕎麦専門店。
以前から食べてみたかったここの蕎麦なのだが、
この店舗の雰囲気も広さも、予想以上のものだった。
もちろん店の周りは。。。まさに軽井沢の涼しさがたっぷりだと思いませんか?

100706北軽井沢みのり02

当方のお客様の第一声が面白かった。
「今回の旅行で、これが一番の料理だね^^」

さて喜んでいいのかどうか。。。

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地粉を使った二八蕎麦。もちろん水も浅間山麓の清流なのだが、
脱穀から初めて、ここで挽いて、打ってくれるのだ。

この蕎麦、歯ごたえは無いほうだが、蕎麦の香りがやはり抜群。
量も半端ないくらいなのは、ここのオーナーの心の大きさが表れている証拠。
軽井沢方面へ行かれたときは、ぜひ!

地所は厳密には、信州ではなく上州なのですが、まっいいでしょ^^
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【信州の秋】
2009/10/21(Wed)
091013千曲館

お仕事で信州へ。。。

お客様は以前もここで紹介した、90歳前後の戦友会の方々。
ついこの前80過ぎだった方々も、今では90を超えたかそれに近くなってしまいました。

年々人数は減るものの、すでに50数年続いている。
そんな皆さんに率直に聞いてみた。。。
「みんなさん、自分が90近くまで生きているだろうと、若い頃想像できましたか?」
「いやいや、我々は人生25歳。。。当時それが当たり前だったからなぁ。。。」

今回も札幌から九州は佐賀よりお越し頂き、戦友の眠られる靖国神社で参拝されたあと、
信州へとバスを走らせる。

慢性肺炎の方も、心臓を患ってらっしゃる方も、腰が曲がってゆっくりしか歩けない方も
全国から集まってこられるのは、毎年敬服するばかりである。

この日は戸倉・上山田温泉は千曲館さんへお世話になった。

091014善光寺01

翌日の善光寺。
今年ご本尊のご開帳には遭遇できなかったが、懐かしい思いの中でのそれぞれご参拝。

しかしこのお寺の特徴は、檀家がいないことや、宗派が特に特定されていないこと、
それよりも何よりも、日本の仏教宗派が出来る以前に百済から迎え入れられたご本尊という
そんな歴史がすごいといえばすごいのだ。

それが6世紀半ばだから。。。そしてかつて女人禁制の寺であったものが
ここ善光寺では女性をも救えるお寺として今日に続いている。
それが。。。「牛に引かれて、善光寺参り。。。」の有名な言葉に象徴されている。

かつて上田盆地の小諸に、人の言うことも聞かなければ、やりたい放題の○○ババァがいたそうな。
その女性を見かねた善光寺さんの観音様が、自分の姿を牛に変え、その○○ババァのところへ。。
ちょうど千曲川で自分の反物を流し染めていた時に、その牛が川に入り、
自分の角に反物を引っ掛け。。。ズルズルと引っ張っていった。
「何をする、私の反物を。。。」と怒った○○ババァだったが、
牛を追いかけながらもついに善光寺まで、たどり着いてしまった。

その後○○ババァは、善光寺の教えを聞くに及び、すっかり善人の老婆として生まれ変わった。。とさ
それが「牛に引かれて。。。」の伝説らしい。

091014栗おこわ01

善光寺を後にして、信州の小京都と云われる小布施へ。
地の農産物を使った栗おこわをいただき、30年前とはガラッと変ったこの田舎町を見て歩く。

091014小布施


とは言っても、昔からの土塀に瓦屋根の家並みに、私個人としてはそれほど変化はない。
ただ、町をあげて「おもてなしの心」を打ち出しながら、住民の意識改革が良い結果をもたらした
そんな特徴的な日本のひとつの田舎町だと思う。
その証拠に、葛飾北斎館付近での人の多さには、目を見張るものがあった。

091014志賀高原

そして秋の山。。。志賀高原縦断を
ふと、標高2000mの気圧、空気の薄さに皆さんは大丈夫?と案じてしまった。

何とか天候もよく、車窓からの景色に、ある方の口から。。。
「いい冥土の土産になったわい」と
その方も、数10年前に志賀高原へ来た覚えはあるのだが。。。とおっしゃっていた。

すでに紅葉のピークは過ぎていたが、白樺・ダケカンバ・ブナ。。。
そしてまだまだ色鮮やかだったのが、ナナカマド。

そんな年に一度ののんびりとした旅なのだが、最後に
「また来年もぜひお元気なお顔を。。。なんて言いません」
「今を、その瞬間を精一杯楽しんで、毎日を皆さんなりに有意義にお過ごし下さい」
そうお願いして、お別れしました。
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スローフード 信州味噌
2007/12/17(Mon)
071201井上醸造2

先日、懐かしい客人が訪れてくれた。

彼は15年ほど前まで、当社のすぐ近くの大学に所属していた。
「もうあれから15年も経ったのかぁ」と、二人していろんな話に華が咲いたが、
その彼も今は長野の実家で、家業を継いでいると言う。

ちょうど私も実家への贈答を考えていたところだったので、
二つ返事で品物を注文した。

信州味噌の製造販売を手がけているのだが、最も特筆すべきは全て手作りだ。
そして長野では切り売りをしている、というより、量り売り。
日本の中でも手作り味噌は数件しかないようだ。(個人醸造は別として)
長野盆地で人の五感で培われた味噌つくり。もちろん気候も大きく左右するだろうが、
販売も手作りというか、手間を掛けている事が気に入った。

今は首都圏の高級スーパー「紀伊国屋」でも販売している。
そこで私も長野から取り寄せてみた。
味噌というスローフードも、また手作り感もあって、コクがあり風味も良い。
取り寄せでも、量り売りなんて嬉しい限りだね。

彼のお兄さんが社長さんだが、彼も専務として販売に力を注いでいる。
学生時代と何も変わらぬ穏やかでのんびりとした性格は、
今もそのままだったのが嬉しかった。
「井上醸造」はこちら
071201井上醸造1
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