ヒマラヤの麓 ブータン
2007/02/09(Fri)
Swat Valley Pakistan

ロハスという言葉を聞いて久しいのだが、今日もロハスな国としてブータンがメディアに取り上げられていた。
中国とインドの間にある小さな国でチベット仏教を国教としている人口75万人強の九州とほぼ同じ大きさの国。そんな国の国民総幸福量(GNH)が上位に位置しているようなことに耳を傾けた。
イギリスのレスター大学による「国民の幸せランキング」によると日本が90位、ブータンが8位らしい。全ての国民の「幸せ」を増やすことを国家の使命として、前国王の地道な政策努力でいろんな施策を展開してきたようだ。日本との国交樹立もすでに20年を経て、日本とは友好関係にあるのだが、この幸せ度の差はなんなんだろう?と思った。
そこには日本のような先進国家?の様々なアイテムも無ければ、交差点に信号さえ無く、そこには警察官の手信号が生かされている。地方から出てきた人の為に、信号機より人の手による手信号の方が安全であると
いう発想。もちろん生活アイテムも日本と比べれば10分の1以下である。
もちろんコンビニもない・・・だろう。
だが国土の大半の森林さえも経済第一として伐採することもなければ、国を流れるヒマラヤの雪解け水さえも、水質保全に努め、下流のインドやバングラデシュの国々にも配慮しているようだ。
大家族の中で育っていくブータンの子供達の教育も、文化・環境に関しては充分に配慮されていて、また大家族のネットワークによりここにはホームレスもいないという。

そんなブータンのいろんな国情や国民性や現状を紐解く中で、何か自分の中の憧れといったものに近いものがこの国にあるようにも思った。もちろんその思想の根幹にはチベット仏教があることも、この国の本当に求めている目的がおのずと明確になっているようにも感じた。

ロハスの中で、一番好きな言葉が五感を研ぎ澄ますという言葉だ。
自分の感覚で判断で、自分にとって本当に必要なものとそうでないものを自分の感覚で見分ける力を付ける。
誰がどんな国を治めるにしても、それは個々の国民の本来の五感が最も大きな判断基準であって欲しいし、健康で自然を育み、そして持続可能な生活が出来ていれば、それで良いのではないだろうかと、ブータンを見て、改めてそう感じた。

幸せ度なんて、とても主観に頼った判断で多様性が付きまとうように見えるのだが、人の安らぎや満足感なんて、それほど変わりはないように思うけれど・・・・
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