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生きた海
2006/04/06(Thu)
知多半島常滑 醸造会社「盛田」前の海岸 

しなびたオヤジです。
3日前、お客様をお連れして、知多半島は常滑へ行って来ました。そこは醸造会社「盛田」の八丁味噌工場とその味噌を使ったお食事処が併設されている。私も今回始めて行ったのだが、なんとそこは伊勢湾に面していて、海が目の前にあったのだ。画像はその海岸風景。

なぜこの画像にこだわるかと言うと、そこはまるで、私が生まれて育った大阪の内海であるかのような、そんな雰囲気を持っていたからである。そこにはまだ砂浜もあれば、日差しも眩しい穏やかな水面もある。あいにくこの日は強風のため、白波がいくつも立っていたが、自然の穏やかな海岸線が、私には懐かしくとても和むのだ。ここはまだ天然のアサリも取れる海岸。

かつての私の海(あえて私の海と言う)は、それはそれはゴミの山であった。重油(コールタール)も打ち上がれば、ゴミがいっぱいで、挙句の果てには注射器、浣腸器なんかもいっぱい・・・今から思えばそんな危険な海であり、汚れきった海であったのだ。そんな海で子供の頃は毎日というほど遊んでいた記憶がある。それでも当時アサリが採れていた。

1960年代、高度成長期の日本の中で、海洋投棄は当たり前の時代であったのだろうが、それらは全て人間の仕業でもある。そんな海が今また、綺麗な静かな海として甦っているかのようで・・・

海の浄化能力というものは、果たしてどれだけのものであるのだろうとふと思う。まさに「生きている海」を常々実感せざるを得ない。そんな海を大切にしたいと思いながらも、今だ日本の中でも、緑地保全という掛け声とは裏腹に、いい加減な森林開発や里山伐採が広がっていることに、腹も立てば怒りも覚える。

生きた海の生命力に頼る他、ないのだろうか・・・

三ヶ根山から 嵐の後の夕景
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