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【なくなるかも急行型列車】
2010/06/22(Tue)
100725急行列車の旅 

石川は小松から 琵琶湖は湖東の歴史の町長浜までの往復の旅。
もう急行には出会えないなら、乗ってみたいかも。

100725急行列車の旅02

予定されている運行車両です。
NPO法人「ヘリテージ・オブ・レイル 北陸」が中心となって運行計画を立てているのだが、
今日、「鉄道ファン」にも掲載されたらしい。
確かに「この電車なら何度も乗ったことが。。。」かもしれないが
「もう乗れなくなる日がすぐそこまで来ている」となると。。。

産業遺産といえばそうなのだが、北国街道の歴史の中で、こうした一時代を担った遺産は
例え経済産業の遺産としても、おそらく50年や100年後には、かつての籠や馬と同じように、
ただ懐かしむのみならず、日本の近代化の役割を果たした遺産価値のあるものとして
捉えられていくのかもしれないと思いました。
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北前船と近江商人
2009/05/17(Sun)
090424北前船の里01

フグの子の糠漬け・粕漬けの前に、
そんな江戸時代からの発酵食品を支えたと思われる北前船の里を訪ねた。
ここは北前船の船主の屋敷。重厚で落ち着いた屋敷や町並みを今も保存してある。
とても好きです、石畳の道と焼き板塀のある街並み。

090424北前船の里03

こんな海の傍のしっとりと町を、のんびり歩いてみたいと思いませんか?
北前船の船主の屋敷を複数、またこの一帯の町並みをも保存してあるのだ。

090424北前船の里04

20分の1の北前船だろうか、資料館にあった「廣徳丸」
その名も「広く徳を積む船」かもしれない。
これも船大工が作ったものらしい。

春から秋までの間に、大阪を出発して北海道まで一往復する。
もちろんその寄港地は瀬戸内海の鞆の浦や琴平など各地に立ち寄り
関門海峡を経て日本海沿岸にまた寄港しながら北海道までの一往復。
それぞれの地で仕入れては販売していく、その当時ひとつの器での大量輸送だったのかもしれない。
ただ、地元での小売はしなかったらしい。
この地域の海岸線の地形も浅く、沖合いに留めて伝馬船で戻ったという。

090424北前船の里02

だが、日本海が荒れる冬は航海をしない。
船乗り達は大阪から陸路で、近江・若狭を通って足で北陸まで帰ったのだ。
大阪では海での係留ではなく、水の都の川へ留めておいて・・・

北海道の日持ちのする昆布を大阪へ、またニシンのしめかすを綿花を育てる
西日本の有機飼料として運んだ。

これだけ広域各地の多彩な産物を、必要なところへ運び卸して売る。

それを聞いた時、
「ふむ、広域マーケティングをしながら、適材適所に物資を運んで、卸商を営む」
これって、近江商人の家訓である「買い手良し、売り手良し、世間良し」の「三方良し」だな・・・
と強く感心してしまった。

090424北前船の里05

ここは蔵六園と云われる船主の屋敷。
20近くの部屋と広大な庭を配置した江戸時代後期のもの。
その樹を見ればその歴史も納得するが、館においては決して派手さや仰々しさはない。
そんな面持ちの屋敷ほど、地元の「世間良し」に繋がっているのかもしれないと思った。
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猛毒が珍味に(フグの卵巣)
2009/05/11(Mon)
090424あら与05_800

先月末の石川での出会い。
それはフグの卵巣を食す、そんな旅だったのかもしれないなぁ。
2kgほどのゴマフグ、その卵巣はデカかったね。
それを白山の湧き水と塩で、1年漬け込むと(上の画像)・・・・あの猛毒が抜けるらしい。

さて誰がそれを作り出したのか・・・・わからない。
でもそこには江戸時代から明治までの「北前船」が大きく影響しているのだろう。
西の文化が北へ、また北の昆布やニシンが西へ、そして綿花や商売のルーツまで
このフグの卵巣が物語っているかのようで・・・
フグの卵巣を食わせる(認められている製法)なんて、ここだけかも。

090424arayo04_800

1年塩漬けの後、それから2年糠漬けあるいは酒粕漬けにする。
その2年間に、この漬け込んだ樽にイワシのイ汁(もちろん自家製)を注いでいくんだから、
美味いはず。
で、食してみたら・・・たまらんねぇ酒好きにこの味や食感は・・・そんな逸品なのだ。
それも飲むなら日本酒で・・・

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糠も稲縄も水も魚も塩も樽も、みんな自然のままの素材であり人々の知恵。
3年掛けて熟成させる本当の発酵食品といってもいいかもしれないな。
卵巣の小さな一粒まで、しっかり味があって、歯ごたえも良い。
少し焼いてほぐして、オニギリやお茶漬けに、・・・最高の贅沢だった^^
 
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何百年も前の伝統技法を今も伝えているのが、白山市美川にあるこの「あら与」という水産加工会社。
左は私の友人で、地元石川は冨士トラベル石川のカッチャン。
右が社長の荒木さん・・・我々3人ともS29→フク→フグのご縁なのです。

石川県「食」の観光スペシャリストでもある荒木さんが、偶然にも5/19のお昼にテレビ生出演だって。
NHKの番組キャッチコピーは・・・「禁断の味覚!?今に伝えます」
「禁断」と言うのは まさにこのことだ。
総合テレビ12時20分からの「ふるさと一番」です。

古き良き日本人の寛容さと曲げない技法とその伝承・・・
日本の発酵食品・スローフード・・・今一度見直したいものだ。
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香林坊の脚
2007/06/09(Sat)
金沢 香林坊交差点

先週、金沢へ行って来ました。
久々の金沢でしたが、加賀百万石祭りも少し拝見して。
金沢駅のエントランスドームも異様な大きさでびっくりしましたが、
ここ香林坊という金沢一の繁華街にこんなモニュメントが・・・・
ここは武家屋敷と金沢城の間に位置する香林坊と言う地域なのだが、
まるで武士や商人が、慌しく行き交う地区でもあったのだろうか、
躍動感と想像力とが混在して、ふと脚を止めて見てしまった。

香林坊と言う地名の由来は、ある天台宗の僧であったお方の名前らしい。
その方が僧をやめ、目薬商家へ入って商売を営まれたらしいのだが、ひょっとしてこのモニュメントは、香林坊の脚とふんどしか?とも思わせる。

今や若い人達が多く出向くここ香林坊なのだが、かつての学生の街、寺の町、城の街である金沢の中にあって、近代的なショッピング街に変貌している。ただ、その裏にあるせせらぎ通りは曲がりくねった小川清流と共に、なかなか風情も感じられ、これからの季節にはピッタリの涼感溢れる散歩道のように感じられた。
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