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ガンダーラ画像をさらに補足
2009/02/22(Sun)
モラモラドゥ ストゥーパ(Mohra Moradu Stupa)01
(モラモラドゥ ストゥーパ(Mohra Moradu Stupa)仏塔・僧院)

未掲載の画像を過去記事に追加アップしました。

タキシラの中の「ジョーリアンストゥーパ」
「シルカップシティ」
「カイバル峠」

興味のある方は↓スケジュールよりご覧下さい。
★★ ガンダーラ ウィーク スケジュール ★★

イスラマバード市内マーケット店内21

首都イスラマバード市内でのマーケットの店内風景。
市内には数箇所の大きなスペースでマーケットとして存在します。
こんなバッグのお店もあれば、薬屋さんも本屋さんも食事場所もいろいろ。

イスラマバード市内22

ここは首都イスラマバードの官庁街。
整えられたまだ50歳代の首都だが、パキスタンでも生活感に触れて温かみある田舎がいいね。

イスラマバード 乗合タクシー

イスラマバードでも、日本製の軽四をきれいに改造した乗合タクシーが見受けられるのも、
パキスタンならでわのもの。
日本も今となっては見習わねばならない質素・倹約と、乗合の発想が、ここには今も息づいているかのようで・・・。

★★ ガンダーラ ウィーク スケジュール ★★
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ディール博物館 ガンダーラウィーク
2009/02/04(Wed)
ディール博物館01

チャクダラにあるディール博物館手前のバスから撮ったロケーション。
この川がスワート川かとうかは確認できないが、この地点ではまだ綺麗な雪解け水である。

ディール博物館02

比較的小さな博物館だが、たまたま見学中に停電があった。
もちろん地域停電だろうが、懐中電灯を照らしながら・・・

ディール博物館03

★★ ガンダーラ ウィーク スケジュール ★★

ディール博物館の画像は↓続きでどうぞ。
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シャンガルダール ストゥーパ(Shingardhar Stupa)
2009/02/04(Wed)
3年前のガンダーラウィーク
ガーリガイの磨崖仏 とシャンガルダール ストゥーパ(Shingardhar Stupa)

シャンガルダール01

このガーリガイ磨崖仏はシャコーライの磨崖仏より小さいが、道路のすぐ傍にあった。
上半身はほとんど原型を留めていないが、下半身に衣の文様なども見える。
紀元後2世紀から3世紀のものと言われている

シャンガルダール02

そしてしばらく走ると、のどかな畑の中に忽然と大きなストゥーパが現れる。

シャンガルダール03

一見、要塞のようにも見えるが、これがシャンガルダール ストゥーパ(Shingardhar Stupa)

シャンガルダール04

高さも20数メートルはある大きな仏塔である。
紀元後1世紀から3世紀のものとされるが、時の女王がここに仏舎利を収めたと言われている。
玄奘三蔵もここを訪れたらしく、その仏舎利の由来について記述している。
 釈迦は「自分が涅槃に入った後、舎利を平等に分けるように・・・」と

生きている内は一つの個体だが、骨はいくつにも分けられる。
仏教の教えの中の、原因と結果によって全てが変化生滅しているという縁起を思えば、
骨とて釈迦そのものであり、小さな種の時とて、また灰になろうと、
それも釈迦本来の姿と、捉えられるかもしれない。

シャンガルダール05

ここにも今回全て同行して現地ガイドを務めていただいたフェイサルが写っている。
今は治安の問題があり、パキスタンへの渡航はままならないが、
彼の現在の日本語ブログもここでリンクしてありますので、ご覧下さい。

シャンガルダール06

ストゥーパ(仏塔)の基壇部分の彫刻はほとんどなくなっているが、
上の部分の外壁は修復を繰り返されながら、ほぼ原形を保っている。

シャンガルダール07

修復の跡や最上部の円形が崩れている事の説明も受けたのだが、
今は詳しく思い出せません。

シャンガルダール08

近くの若者だろうか、このストゥーパにとまる鳥に向かってパチンコを放つ。
きっと釈迦如来にしてみれば、それも人のすること、全ては無常であるのだよ・・・・
と言っているかいないかは、わからない。

シャンガルダール09

そしてペシャワールへ向けて、のどかな道路をまた走る。

★★ ガンダーラ ウィーク スケジュール ★★
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シャーバズガリ遺跡(Shahbas Garhi) ガンダーラウィーク
2009/02/04(Wed)
ほぼ3年前、パキスタンはガンダーラウィークでの、つたないデータを改めて補足します。
今回はガンダーラの中の未掲載の3箇所を・・・
ここでは紀元前3世紀頃のマウリヤ朝のアショーカ王の勅旨が彫られている
「シャーバズガリ遺跡(Shahbas Garhi)」です。

シャーバスガリ01

小高い山の中腹の屋根の付きの囲いがそれ。
下は綺麗な公園になっていました。

シャーバスガリ02

岩に彫られたアショーカ王の勅旨。
これも紀元前に彫られたものと言われている。
仏教を擁護したアショーカ王らしいが、その時代はまだ明確な仏像らしきものがない時代かも知れない。

★★ ガンダーラ ウィーク スケジュール ★★

↓続きにシャーバズガリ他の画像があります。
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ロケーション
2008/02/20(Wed)
世界遺産近くの民家 ジュリアン ストゥーパにて

ガンダーラの世界遺産の僧院から撮った画像なのだが、
僧院や仏像ばかりに注目すると同時に、なぜかその周りの景色や
風情を残しておきたいと思うのは、私だけだろうか?

仕事柄、ホテルやディスティネーションのスポット画像だけでは、
そのロケーションも立地している風情も感じ取れないのはとても残念だと思う。
ただ、360度というのもなかなか難しいものだ。

でもこの画像は、タキシラにあるジョーリアン・ストゥーパで、仏塔の位置から撮った画像。
ここからのロケーションを撮っておきたかったのだろうなぁ。
外から見た僧院の遠景、そして僧院から見た遠望、本当はそれが揃ってこそ、
全容も内容も把握したいものだね。
下の画像は上の画像とはほぼ反対側の僧院から見た画像(2枚合成パノラマ)

話は違うが、2/23(土)にガンダーラ仏像美術について小さな講演会がある。
私も行ってみようと思うのだが、ここでの講師もおそらく、
パーツ画像のみならず、ロケーション画像全容を把握したいのかもしれない。
東京は箱崎にて、ガンダーラ仏像美術について、話が聞けます。
もちろん私は・・・聞き役です。
詳しくは→http://www.its-world.jp/new2-3-salon.html

ジュリアン ストゥーパ(Jaulian Stupa)仏塔・僧院(世界遺産)

ジョーリアン・ストゥーパからの遠望


★★ ガンダーラ ウィーク スケジュール ★★
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地球の歩き方【パキスタン】
2007/09/30(Sun)
200707地球の歩き方【パキスタン】02

今年の7月に地球の歩き方【パキスタン】(株式会社ダイヤモンド・ビッグ社)から数年ぶりに刊行された。それまではしばらくの間、パキスタンの観光情報が伝わってこなかったのも事実。今年の2月~4月にかけての取材らしい。

インダス河流域のパキスタンでありながら、私としても知り難い地域であったのだが、古代インダス文明から昨年私も訪れたガンダーラ、そしてムガル帝国や仏教美術からイスラム、そして国民の生活からノーザン・エリアのカラコルム山脈まで詳しく書かれている。

200707地球の歩き方【パキスタン】03

その中でも昨年パキスタンへ行った時に同行させて頂いた、美術史家の谷岡清氏の「ガンダーラ美術」(仏教と仏像、仏像の出現、ガンダーラ美術の出現)も解りやすい解説付きで掲載されている。またこれらを読んでいると、仏像発祥の地で、本来の仏教とは?と言う疑問が、私の中で再び燃え上がってくるのも否めない。

そんな旅に同行させていただいて、現地の人々の温かさにも触れ、そして多民族のイスラム圏でありながらも、仏像遺跡がしっかり残されているそんなパキスタンが、混沌とした現代日本より危険な国とは到底思えないのは、私だけではないはずだと。

南アジアであり、西のギリシャや北のヒマラヤ、中国とのシルクロードの要所でもあった歴史を見ながら、また行ってみたくなった渡航先の一つでもある。
200707地球の歩き方【パキスタン】01


★★ ガンダーラ ウィーク スケジュール ★★
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神々が宿る山
2006/07/09(Sun)
PRISONER ON A BUS(MR.SALMAN RASID)より

しなびたオヤジです。
今回はこんなパキスタン北部へは行ってはいないのだが、
それは6千・7千メートルの山々が連なる世界の屋根である。
そこは神々が宿る山とも言われ、釈尊が生まれた時代においても
この地の預言者に予言を授かったと言われている。


PRISONER ON A BUS(MR.SALMAN RASID)より

いろんな山の、雪渓の雪崩の音が響くところ、フンザというところへも、行ってみたいと思う。
文化も文明も、この地域にはどれほどの影響があって、それが今もどのように生かされているのだろうか。
それよりも、この偉大な自然の中で、いかに人として生活を営んでいるのかが、興味深いのだ。
満天の星と、雪崩の響きを体感しながら・・・・

パキスタン民族博物館


★★
ガンダーラ ウィーク スケジュール ★★
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ガンダーラ(パキスタン)というところ
2006/06/30(Fri)
タキシラPTDCレストラン庭にて 一服


10日間のガンダーラの旅を振り返ってみると、この国のこの地の人々の純情さも素朴さがよくわかる。
イスラムの中での禁酒も、男の世界であることも、そしてまだまだ基幹産業というものもない中で、人力による経済社会が続いていることも、何か昔のままと言えば昔のままなのだ。
現在はイスラムの世界でありながら、歴史を紐解くと、様々な文化の交流もその時代の空気も、この国の人々はしっかり受け止めてきたのだなぁと・・・
今や南アジアの中でも少し取り残されている国ではあるが、私は逆にそれを「未だに取り残された素朴な国」と表現してもいいだろうとも思った。

だがかつてのインド仏教が、この地に偶像崇拝として根付き、そして数々の繊細で優美な仏教仏像美術を開花させ、紀元後5世紀頃までに壮大な仏教文化を築いた事は、この目で確かに見て来たのだ。
そしてそんな仏教文化が、いつの間にかイスラムの世界へ変化していくことも、ある意味ではこの国の人々の純朴さが影響しているのかもしれない。

いろんな捉え方をされている仏教とは思うが、私にとってはそれはあくまでも、個の心の中に息づくものだと感じている。例え仏陀が、釈尊が絶対であり崇拝される人物であったとしても、釈尊の心の静寂さを、また彼の欲望の何たるかを、いかに自分の心に置き換えてみるかのことであると・・・・
それはあくまでも個々の心の問題であり、個々の悩みの問題であるべきで、誰に頼るものではないことであること。故に崇拝を基幹とする宗教ではなく、どんな悪人にも善人にも通用する教えであったのだと感じている。

ガンダーラにおいて、仏教の隆盛期にこの時代の人々はこの時代に生きたのであって、その時代の趨勢の中で、様々な解釈があったのかもしれない。ただ私はその時代において仏教は、やはり特定の身分階層の中のみならず、庶民にも親しまれた宗教であったのだと思っている。
言い方を変えれば、とても平等な思想の中での個の問題として捉えられている宗教であり、それだけに潰されやすい考え方だったのかもしれないと。

ヒンズーとイスラムの政治的抗争の狭間で、仏教はいとも簡単に利用されやすい、全てに平等な宗教であったのだろうとも思うのだ。それは全ては個に始まり、そして個に終わる、そんな宗教であって、葬式仏教といわれる日本においても、今改めて見直され、人の本質を個の問題として捉えている唯一の思想であるのかもしれない。

★★ ガンダーラ ウィーク スケジュール ★★
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ラホールという都会
2006/06/19(Mon)
ラホールの夜

しなびたオヤジです
ラホールはガンダーラ地方には含まれないが、
首都であるイスラマバードと同じパンジャーブ州にあり
インドにも近い大都市で、この州の州都でもある。

なぜ大都会かと言うと、街の有り様はラワルピンディーなんかと
それほど変わらないのかもしれない。
ただ、女性の華やかさがなぜか私の目に、際立って華やかに
映ってしまったからだ。もちろん顔も隠さない女性の数も多いのだ。

ラホール宮殿の日曜

ラホール宮殿あるいはラホール城とも言うが、今は入場料を払えば
誰でも入場できる、かつてのお城。その壁面も細かい宝石を
散りばめた装飾を施し、それは広大で優雅なお城である。
ただ今は宝石は見あたらない・・・

ラホール宮殿とラホールの街

そんなラホールの高台に立つラホール城も、ラホールの街も、
整然と区画整理された首都イスラマバードの町並みとは異なり、
いろんな人々の活気さえも感じられる街なのだ。

パール コンチネンタル ラホール(新館)

ラホールで1泊したのはパール コンチネンタル ラホール(Pearl Continental Lahore)
ラホールの中ではトップクラスのホテルであるが、
この日も婚礼が行われていた。
ただパキスタン内では、派手な婚礼は慎むようにとの、
おふれもあるらしいのだが・・・・

パール コンチネンタル ラホールでの夕食

夕食と言っても、この画像はデザートコーナーです。
やはりこれだけの豪華なデザートが揃うと、男も別腹でしょうか^^

パール コンチネンタル ラホール(旧館)


★★ ガンダーラ ウィーク スケジュール ★★
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ラホール博物館(Lahore Museum)
2006/06/16(Fri)
060430ラホール美術館「苦行仏」

しばらく記事の間があいてしまった。
ガンダーラの旅もそろそろ終焉へと近づいているのだが、
最後の博物館がラホール博物館であり、ガンダーラ美術の観点からも、最も貴重で優美な作品も多い。
それはイギリス統治時代に発掘された秀作の数々を、
イギリス側がここへ集めたと言っても良いのだろう。
その最たるものがこの「苦行仏」であると言われている。
シッダールタは出家を決意し、ただ一人その真理を突き詰めるべく、
僧であるべき事を全て修行してきたのだが・・・・

060430ラホール美術館「苦行仏」


彼は断食という苦行の中で何を見出したのか・・・
世の無常であり、人は必ず老い、そして死に向かって進んでいるものであると。
だがこの断食の中で、彼の思いは
「まだ死にたくはない、悟りを得るまでは、死ねない」という欲であったのかもしれない。
老いること、死を迎えることへの恐怖は無くとも、
彼にはまだ、生きていたいという執着があった。
それは後の「煩悩」と言えるだろうが、欲がある限り、
執着がある限り、悟りは得られないと自己の中で気付いていったであろう。
そんな気付きを得られただけでも苦行の意味はあったとしても、
仏陀になるには苦行が全てではなかったし、
自己を痛めつけること自体意味の無いことを知った。
より大切なのは、落ち着いた心静かな状態であること、
それを苦行の中で知る結果となる。

だがこの作品・仏像自体、その繊細さと優美な曲線は、
なんとも言えない、哀愁とも慈愛とも受け取れる深さを感じられるのは、
私だけではないであろう。

060430ラホール博物館「魔物」

瞑想の中でシッダールタに襲い掛かる魔物の数々・・・
上の作品はそのおどろおどろしい魔物を具現化したものであろう。

シッダールタは、目に見えるもの、耳に聞こえるもの、
鼻で感じるもの、舌で感じるもの、身体で感じるもの、
意識で感じるもの、すべてが永遠のものではないと考える。
であるから、それに執着しても意味の無いこと。
たとえば、手に入れたと思っても、それはやがて手の中から消え行くであろう。
あるいは、自分が先に消えるであろうと。
つまり、手に入れたと思っても、それは一時的に手の中にある、
というだけのことなのだ・・・と。
ところが、人はその一時的に手にあるモノに執着をする。
だがすべては、やがて滅んでしまうものなのだから、
そのものに本質的実体は無いといってよい。
つまりは、すべては仮の姿なのだ。
この私も私が感じるすべてのものも、仮の姿に過ぎないのだと。
人は、そうした実体の無いものに執着している。
手に入れたい、手放したくない、関りあいたい、関りあいたくない、
自由にしたい、思うようにしたい、と欲求を起こしているのだ。
だから悩むのだ。苦しむのだ。迷うのだ・・・・

そんな中で彼は自分の中のいろんな悪魔とも出会う。
そして彼らはシッダールタを幾度と無く脅かすのだ。
だがシッダールタは、そんな悪魔も何の根拠も無い、
執着すべきものでもないことを知る。
そう、落ち着いた心静かな状態で、自分の心に気付くこと・・・・

ラホール博物館01(Lahore Museum)



ラホール博物館05(Lahore Museum)



ラホール博物館06(Lahore Museum)

金で包まれた仏陀像・・・・仏陀は当時、様々な神以上の存在であった。そして当時の人々は、そんな仏陀の心静かな有り様を思い浮かべながら、自己の中にある迷いを、次第におさめていったのかもしれない。

ラホール博物館28

ラホール博物館27

ラホール博物館26

ラホール博物館25

ラホール博物館24

ラホール博物館23

ラホール博物館22

★★ ガンダーラ ウィーク スケジュール ★★
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