風 



しなびたオヤジです。
羽田空港を飛び立つ、風は北西風、
滑走は当然南から北方向へ飛び立つ。
そして右旋回して真南へ向かう航路へと入る。
それはハワイでもグアムでもなく、八丈島。

私は航空機を怖いとは思わないが、ただ行程中、
この上昇している時が一番不安といえば不安なのだ。
翼に揚力を受けて、精一杯エンジンを噴かせて舞い上がるこのひと時。
「失速しないで・・・無事に上空まで・・・」と
そんな風に思うようになったのは、やはり歳のせいだろうか。

子供の頃の夢はパイロット。
夢は夢で終わってしまったが、夢想は果てしない。

車においても、何事にも、「今から走り出す・・・」そんな時が
無我夢中であり全速力であるのだが、リスクも大きい。
そんな失敗を幾度となく繰り返し、今があるのかもしれない。

東京湾上から川崎・横浜を見下ろし、次第に水平飛行へ入る。
その100km先には、富士の頭が顔を出す。
航空機のスピード感は乗っているものにとっては解らない。
それは見るもの全てに距離があり過ぎるのだ。
スピード感を味わったのは、ニアミスの時だけ。
しかし安定した上空で、心休まるひと時でもある。
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この航空機、いつかは必ず降りねばならない。
そして私は車に乗り、荷物を担いで、磯に立つ。
あの航空機から見た大海原のほんの一角で、また糸を垂れるのだ。
東京とはまったく異なる空気と風の中で・・・

25年前と今 



しなびたオヤジです。
昨夜の12時過ぎ、また何気なくTVをつけてみた。
小田和正のコンサート・・・なぜか以前にも偶然よく出会う番組なのだ。
今の歳になっては見たいものを見るということはほとんどない。
ウルルンなどはその中でも稀なものかもしれない。
だが偶然出会って見たいもののひとつに小田和正がある。

1979年、まだ私が25歳の時、オフコースの「さよなら」が流れていた。
「さよなら・さよなら・さよなら・・・もうすぐそこは白い冬・・・
愛したのは確かに そのままの君だけ」
そして1996年それらがリメイクされてラジオから流れる。
とても懐かしくかつ新鮮で、思わず買ってしまったLOOKING BACK

オフコース後のソロ活動での曲においても、
つい聞いてしまうものも私には多い。
そんなソロの現状について、「無感情・無責任」と指摘する人も
居なくはないが、逆に私から見れば音楽としての完成度を
さらに洗練させているようにも感じるのだ。

何かを伝えたい・・・
それは多くを語らずして、一言にその重みを残す。
そんな伝え方もあるはずだとも感じる。
「言葉に出来ない」

そんなコンサートも終盤、ゲストとして呼ばれたのは
北山修でも坂崎幸之助でもなく星野仙一でもない中居正広??
彼とのトークと「夜空の向こう」のギターソロでのデュエット。

それは素のままの中居を促しながらも、
小田の無責任さと一言の重みを、
後になって彼に感じて欲しかったのかもしれない
そんな小田の無感情のなせる業であったのかも・・・

決してファンサービスでも受け狙いでもない、
風の中で唄が歌える、そんな体験を通して・・・

写真は今の「HOF BRAU」と25年前木造パブの姿
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単なる夜景 



しなびたオヤジです。
海越しに見た横浜の夜景。
冬の空気は冷たくて、とても澄んでいるのだが、
私の立っている山下公園も、人影はまばらである。

池の様にウネリも何もないこんな海でも
魚たちは息づいている。
カサゴ、アイナメ(アブラメ)、メバル、クロダイ・・・
こんな明るい海では、さぞかし住み辛いのかと思うが、
やはりヘドロの海はそれはそれ、
何か得る物があるのかもしれない。

冷たい海の中でも、魚たちは脂を蓄え、
春の産卵に備える。
そして産卵後はまたその脂を落すのだ。

私も久々に、脂を蓄える如く
港に近い、懐かしい店へ入ってみた。
それは、もうかつての主は居ないが
ドイツ人女将の香りがする店なのだ。
港に良く似合う、レストランパブ「THE HOF BRAU」
このカウンターに、馴染みの外国船員が
楽しそうにお酒を飲んでいる光景・・・
とても懐かしい光景なのだ。
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57歳の挑戦 



しなびたオヤジです。
画像は話題とは直接関係はない。

おとといの話・・・
「所詮テレビの作り物だろ」と思っていても、
見てしまうテレビのひとつに、ウルルン滞在記がある。
予告もなくいきなり「今日は誰が・・今日はどこへ・・何を体験に?」
と、見ていると・・・泉谷しげる???

ある意味庶民的なオヤジであるかもしれないあの泉谷が
「お笑いの修行でも?」と思ったが、
なんと孫の玩具作りに、オーストリアのチロル地方へ・・・
私にはまだ孫は居ないが、彼もそんな歳になったんだなぁ

素朴で暖かみのある松やブナの木で作る、
昔懐かしいアナログな木製玩具なのだ。
局から彼に与えられた仕事なのか、自分から希望したのか、
それは解らないし、解らなくともいい。
彼のキャラも決して損なうことなく、同じ歳ぐらいの
工房の主と、またその家族との1週間が続く。

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単純作業 

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しなびたオヤジです。
先日テレビで、編み物がリラクゼーションをもたらすというのを見た。
単純作業がアドレナリンを抑えて、心休まる時間を作っていると。
もちろん普通の編み物で、それぞれの目的を持って、
形あるものへと近づけるものだ。
何を考えることもなく、一網、一目ずつ、編んでいく。
完成を夢見て、コツコツと積み重ねる、単純作業。
それが心の平穏と、身体のリラクゼーションをもたらすという事らしい。

私はそれを見ていて、なぜか磯釣りとダブらせてしまった。
自分がやっている釣り、それもそんな効果があるのではないかと。

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目は口ほどに 



しなびたオヤジです。
先日釣り上げられたクロダイの写真。
まだ釣り上げられた直後なので、
いずれのヒレにも勢いがある。
魚の気持ちになってみれば、
いつでも泳いで逃げられる態勢である証拠。
しかしなんと言ってもこの銀鱗の魚体の美しさは、
いつ見ても惚れ惚れする。
この魚は雑食性だが、こんな綺麗な海に居ることが、
この魚体の美しさを反映しているのだろうか。

ただ、どんな魚であっても、
魚の目を見れば見るほど、一瞬心は痛くなる。
獲物として持ち帰るか、それとも再び海へ帰って頂くか、
悩む。
悩んだ時は、ほとんどは海へお帰り頂くことに。

かつての日本は、「なんで海へ返すの?もったいない!」
それは飽食の時代ではなかった頃の、
自然のありがたい恵みであり、ごく当たり前の言葉なのだ。

また、ある作家の言葉も思い出す。
「我々は自然の残した利子の一部で食わしてもらっている」
「その元本まで食い潰すことは、してはいけない」

持ち帰り、頂く時は有り難く美味しく頂きたい。
そして食べない時は、機嫌良く海へ帰って頂きたいと
願うばかりである。

自分の立場 



しなびたオヤジです。
とにかく今年は寒すぎる。
「今週も寒気が居座ります・・・」
などという気象情報が一向に消えない。
私の記憶では、こんな12月から寒いシーズンは
過去20年間にはなかったはずだ。
寒冷地の今後の事が心配される。

今回の写真も、馴染みの海岸を撮ってみた。
冬でもこんな表情を見せる海での陽だまりは、
とても暖かい。

自分の居場所を自分で考える。
風を避け、太陽を受け、そして波を考える。
魚が釣れる釣れないは二の次でもいい、
それより気持ちよく釣りをしたいのだ。

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寒いけれど、夕景 



しなびたオヤジです。
2日前の日曜日に、22歳の若者と二人で磯釣へ行って来ました。
その歳の差は約30歳、でも私にとっては少し若いかなぁ、
といった程度で、私は一向に気にしない。
ただ、彼にとってはやっぱりオヤジなんだろうなぁ・・・

朝6時出発は身体も楽で、若者もしっかり早めに寝たという事で、
二人して3時間の移動中にも釣りの話しで盛り上がった。
そんな時間はあっという間に過ぎるといっても過言ではない。
それはこれから向かう、海という大自然の未知の話しであるから
話しても話してもきりがないからだ。
若者にとっても初めての地、それは真剣にいろんな事も聞いてくる。
それはとても楽しい3時間でもあるのです。



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海の中 



しなびたオヤジです。
写真は暖かい八丈島の海・・・その地磯で撮った写真、
反射光を遮断する偏光レンズ越しに撮ってみた。

磯釣をするものにとって、こんな画像を見るだけで
心をワクワクさせながら、海の中を覗き込むように
見いってしまうのだろうなぁ。

一見して「浅いじゃない」と思うのだが、海の中の起伏は
かなり激しい。激しければ激しいほど、夢も膨らみます。
そして少しでも大きい魚の影が見えたら・・・

でも見えなくても、ひたすらウキを見続けている自分が居ることも
事実なのだ。
やはり私は、夢追い人の単なる餓鬼かもしれない

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魚は釣れなくても 



しなびたオヤジです
今年はやけに寒いです。
この10数年この時期は山に雪はまだか・・・と気を揉むのですが、
あっという間にすでに1m近く積もっているスキー場もあるとか。
寒冷地の皆さんは大変でしょうが、適度な積雪を期待します。

釣りの目的は魚を釣ること。当たり前なのだが、
毎度毎度、大物や狙った獲物が釣れるとは限らない。
いや、釣れない時の方が多い。

そんな時の本日の写真。
確かあまり釣れなかったかと・・・
釣り終わって、仲間から見せられた1枚の写真。
「いつの間に撮ったの?」
「へへ・・・」
彼はそんな笑い残して、
「後で送ります」

さりげない彼の微笑みは、私に大きい獲物を与えてくれたような、
魚は釣れなくとも、
いろんなシーンで本当は与えられているんだなぁ・・・と思った。

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冬は厳しいか 



しなびたオヤジです。
前述したように、暖流流れる伊豆の海は暖かいのですが、
そんな海も1月半ばにもなると、海水温低下は否めません。
そんな時の魚の活性は当然低く、捕食においても積極的では
ないみたいです。

だから本当は今、この12月がとてもスリリングで過去においても
その記録が、魚のサイズをアップさせています。
でもなんだかんだ言っても師走ですね。あまりチャンスは廻って
きません。

そして真冬へ入ってしまうと、伊豆よりさらに南の八丈島へ
最近行くことが多くなりました。
羽田からジェット機で45分、そして空港から磯まで10分、
餌を仕入れてもプラス30分で、磯釣りが可能なのです。

緯度はほぼ鹿児島と同じ緯度。
そしてそこには、暖かい潮を運ぶ黒潮が近くに流れたりします。
暖かすぎてもいけないのですが、でも伊豆と比べれば
とても魚の活性は高くとてもスリリングです。

写真は八丈島から帰りの夕日と雲の上の雲をパチリ。

海夕景 



しなびたオコゼです。
オヤジの居る横浜なんか、今日は気温8度みたいやね。
でもそこからたかだか100km少ししか離れていない海なのに、
まだ18度〜20度はあって、暖かいよ。
この写真のシーカヤックのお方、さぞかし海の暖かさを
実感しているんでしょうなぁ。

大気が冷えれば冷えるほど、海水は蒸発します。
きっとカヤックの彼は、冷たい空気と暖かい蒸気の
両方を、肌に感じているに違いないと思います。

夕方は大気温も急激に下がりますので、朝夕はチャンス。
ただ、この写真見ている限り、あまり寒くはないようでね・・

オコゼも今の内に、栄養を付けておきたいところです。

禁じられた遊び 



しなびたオヤジです。
子供の頃、ギターを持ったその時から弾き始めた曲。
それも1小節のみの満足感。
戦争を題材にしたこの映画よりも、
この曲のシンプルさとなめらかさが、心に残る。

この写真は南伊豆石廊崎の沖磯。
ソーダカツオとのやり取りであろうか・・・
高さ4m程の断崖の足場に立ちながら、魚との格闘さえもある。
でもそんな事は意に介さず、海の中の魚とのかけ引きを楽しむのだ。

それは無謀でも、危険でもない、ひとつのスポーツ。
でも危険というのは、何を指して危険とするのだろうか?

「禁じられた遊び」は危険というより、
人の醜い欲望の塊でしかない、最も危険な、人間の遊びなのだ。

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一人旅の自分 



しなびたオヤジです。
一人旅を繰り返すうちに、いろんな出会いがあります。
それは人であったり、魚であったり、そして風景であったl
・・・
今までに無い新鮮なものばかりではなく、
昔どこかで見たことのあるようなものであったりもします。

身体が覚えていて、脳のどこかで格納されていた、
ぼんやりと遠い過去と同じ光景のような・・・記憶。
旅の出会いで、懐かしさと心地良さを伴って、
目に飛び込んできた時は、とてもほのぼのとしていてね。

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一人旅の発見 



一人旅オヤジです。
釣りと言うのは、一人遊びですね。
少なくとも釣っている最中は、個人の中で夢中になっています。
まるで小学生の頃のカニ採りと全く同じなんです。

私の場合
獲物が欲しい、大きい魚が欲しい、美味しい魚が食べたい・・・
というよりも、
獲物と出会いたい、大きい魚と格闘したい、獲物に触りたいんだと
思います。

単純なんでしょうね、生き物との出会いなんですよ。
見えない海の中から、魚を引っ張り出すような、
それは宝箱の海であったのかもしれない。
あのワクワク感も、スリルも、興奮も、みんな味わいたくて
一人旅をしていたのでしょうね。

そしてたまに、昇る朝陽に、ふと目を奪われている自分がいて・・・

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