天空の山岳寺院遺跡
2006/05/29(Mon)
それはタフティ・バーイ山岳寺院(Takht Bahi)(タクティ バヒとも言う)
その高さも、規模も他にはないものかもしれない。たかが階段300段以上されど300段以上。最上部までは400段は下らない。
そんなところにこれほどの石造寺院がある。
ここも紀元後2世紀から5世紀に造られたと言われている。

タフティ バイ遺跡(タクティ バヒとも言う)までひたすら登る

午後1時過ぎ、暑い中で日陰が少ない。
タオルを水で濡らして頭にかける。そうでもしないとこの時期は辛い。
天空や山岳といっても、小高い山の上にあると言っても良いかもしれない。
だが我々は見学のための階段を上がるだけ。
この遺跡もユネスコ世界文化遺産にしてされているのだが、
これだけの規模で、大量の石を運び、遺跡を作り出したとすると・・・
きっとそのエネルギーや民衆の心は、大きなパワーとなって、
一つの大きな拠所になっていたのかもしれない。

僧院から最上部を望む

遺跡の中心部から、最上部を見ても、ここの傾斜が良くわかる。

この遺跡の発掘は1907~1911にかけて、イギリスの考古学者?スプーナーやハーゲリーブスらによって発掘された。
数多くの石彫やストゥッコ塑像はペシャワール博物館に数多く展示されている。

寺院の中心 仏塔の貴檀

仏塔(ストゥーパ)の基壇しかないのだが、それらの周りの壁寵の多さと大きさは、他に類を見ないほどである。

そのままの形で残されている仏陀像

唯一当時のままで残されていた仏陀像。
この大きさでそのまま残っているなんて・・・・

DSCF0253.jpg


瞑想室への入り口

ガンダーラの中では発見されている遺跡の中では、唯一の存在かもしれない瞑想室。
この入り口のまだその奥に、真っ暗なスペースが複数あるのだ。
そしてその天井には、コウモリもいた。

タフティ・バイ山岳寺院 最上部より

今回のガンダーラウィークの中でも、最も訪れてみたかった遺跡の一つだった。
ここから見ると僧院区、奉献塔区などが良くわかる。
そしてこの天空において、数多くの仏教巡礼者と、そこに出入りしていた僧侶達は、己の瞑想や解脱、そして悟りを得る為の生活を過ごしていたのだと。

★★ ガンダーラ ウィーク スケジュール ★★
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緊張の中の休息
2006/05/29(Mon)
カイバル(ハイバル)峠近くで
カイバル峠から少し降りたところで今日の昼食を頂く。
国境を目の前にした軽い緊張感も、ほぐれてきたのだが、こんなところに観光レストランはあるはずはない。今回も軍の施設に案内された。

国境に一番近い街ランディコタールからそう離れてはいないはず。だがそこは軍の施設とはいってもとてものどかなスペースであったのだ。
昼食後、しばしの休憩の中で、またいろんな民族舞踊を見せていただいた。
この施設、過去には秋篠宮夫妻も訪れていて、各国要人来訪写真も数多い。
民族衣装での楽隊

演奏者のずーっと後ろに、壁越しに見学している地元民がわかりますか?^^

★★ ガンダーラ ウィーク スケジュール ★★
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カイバル峠に立つ
2006/05/27(Sat)
カイパル(ハイバル)峠展望台より

カイバル峠よりアフガニスタン方面を望む。その谷間に見える町がトルハム(TORKHAM)、国境の町だ。

カイバル峠05

古来よりここが、西のギリシャやペルシャから、また18世紀にはイギリスがここを通ったのであろうか。今は荷物をたんまり積み込んだトラックが、通り過ぎていく。

紀元前1000年以上前にはアーリア人が
紀元前300年代にはマケドニアのアレキサンダー王が
700年代にはあの玄奘三蔵もここを通り
700年代にアラビア海方面から、アラブ人によるイスラム世界が広がり
900年代には中央アジアからのイスラム教徒による、インドパキスタン統治がなされる
そして1700年代からのイギリス支配が約200年続く。

カイバル峠のパキスタン側渓谷の最も狭いところは100m幅もない部分がある。いつもは枯れた小さい河と道路があるだけなのだ。
そんな狭い線上で、歴史の中ではいろんな人が行き交い、様々な攻防があったのだろう。その小さな河原には、かつてのイギリス軍が作った、敵の戦車の通過を妨げる防御堤も残っている。

カイバル峠04

カイバル峠03

カイバル峠01

カイバル峠02

★★ ガンダーラ ウィーク スケジュール ★★
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また地図
2006/05/25(Thu)
北西部辺境州 詳細図
ペシャワールのすぐ西にそのジャムルードという町がある。
外に目をやると広大な土地に貧疎な土の家。アフガン難民のキャンプもまだここに残っているのだ。
パキスタン政府は難民に金銭的援助も施し、帰国を援助している。でもその中にはまた、パキスタンへ戻ってくる人々も多いとか。だから一度援助したアフガンの家は取り壊してしまう。そうしないとそこが彼らの戻れる場所となるからだ。・・・そんなガイド(ファイサル)の話を聞いていると、生活に窮した人々の現実が今ここにあることを考えざるを得ない。

ジャムルードゲート

昔も今もそんな通り道であったジャムルード。それを象徴するかのようにあるジャムルードゲートであった。
ここもパターン族という部族で占めるトライバルエリア。彼らの地域は昔、一部アフガニスタンにも及んでいたのだ。だが今はその中に国境線が引かれている。

★★ ガンダーラ ウィーク スケジュール ★★
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ありのままの家
2006/05/24(Wed)
乾いた大地と家
カイバル(ハイバル)鉄道からの景色をもう一枚追加しました。
さて、この画像から見ても解るように、とにかく土地はある、そして家の敷地も広い。でも日本とは全く違う、そんな居住空間を味わっていただければ。

★★ ガンダーラ ウィーク スケジュール ★★
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カイバル(ハイバル)鉄道
2006/05/23(Tue)
カイバル(ハイバル)鉄道の汽車
すでに行程は7日目?いずれにしてもあまり変化のない旅の中で、今回はハイスピードバスと異なり、超スローな機関車へ乗ることとなる。
「カイバル(ハイバル)鉄道」といういわゆる蒸気機関車なのだが、燃料は油であろう。この列車は観光用として週に1度ほど運行されている。30数kmの道のりをジャムルード駅からカイバル(ハイバル)峠へ向けて、ゆっくり上って行く。
後に出てくるが、ジャムルードとは、ペシャワール郊外の要塞があった場所。そこは外部からの侵入者を食い止める、ひとつの要所だったのだ。

乗車前の楽隊によるパレード
華やいだ雰囲気の中で、40年ぶりに乗る汽車。かっこいいでしょ、頭に付けたあの羽のようなもの^^

30数kmの距離と20箇所ほどのトンネル
う~む、外の景色は土と岩と、少々の木と、そして民家。まるで何処かのウェスタンリバー鉄道かロックサンダーマウンテン? それを地でいっているような・・・・

汽車に手を振る子供達
汽車をいや列車自体を、ものめずらしく見守り集る沿線沿いの子供達。そんな時代が、かつての日本にもあったのだろうな。

列車はシャゲイ駅にて休憩

20分ほどの汽車の水補給のための休憩。でもどこからともなく人も集る。少し今までの人々の顔立ちと違うのが解る。

060428kbp08 カイバル鉄道
ここもガンダーラ。パキスタン内で最も西にあるであろうと言われているストゥーパでもある。

汽車の雄姿


★★ ガンダーラ ウィーク スケジュール ★★
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ペシャワールの夜
2006/05/23(Tue)
ペシャワール城
ようやくペシャワールへやって来た。そこは北西辺境州の州都でもあり、歴史の中でも交通・文化・文明の重要な通り道でもある。そして隣国(アフガニスタン)や、古代ギリシャ・ペルシャの人々が、この町の先にあるカイバル(ハイバル)峠を降りてきた最初の町でもあるのだ。
今宵も政府主催の晩餐会へ・・・ライトアップされたお城はとても大きくて幻想的。だがこのお城は現在軍の施設なのである。そんな中へ入れるのは、とても興味深かった。

お城内部のガバナーズハウス庭園でのおもてなし
広い庭で吹奏楽隊と舞踊隊の方々の歓迎も受け、少しずつリラックスムードに・・・
画像に映っている挨拶を受けた彼も軍隊の方。彼は後に、日本の須走にある自衛隊演習地に、いたことがあると教えてくれた。
そして彼の朗らかなお話の途中にも、イスラムのお祈りアザーンが街全体に流れる。その時は彼もしばしお話を止め、静かにお祈りを・・・

勇壮な民族舞踊


★★ ガンダーラ ウィーク スケジュール ★★
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ガンダーラ ストリート
2006/05/20(Sat)
ラホール城内での光景

しなびたオヤジです。
ラホールはガンダーラからはずれているが、とても明るい街だなぁと思った。それは今までとは違い、行きかう女性達がとても明るく見えたからかもしれない。
ただ、ここに挙げた数枚の画像は、全て何かが違うのだ・・・私にとっては、そう感じられた。

マラカンドの町で
バスを降りて女性の前で撮影することは出来ないし、してはいけない。またそんな勇気もない。だからバスの中からの撮影にした。ここマラカンドの町も部族の町だろうか、ガイドのファイサルのパキスタン内の部族についての説明が印象的だった。それもこの地方がいろんな国からの人々が入り、通り、そして侵略も征服もあったからかもしれない。
女性の黒装束も、魔除けの意味があるのだろうか。私としては少しドキドキの光景でもあったのだ。


マラカンド ストリート
この町の通りである。でもここはいわゆる幹線道路。日本で言えば国道なのだ。パキスタンの地方の町では、通りに面した商店が多い。この裏にまたマーケットスペースなどがあるかも?と思っても、案外とないのだ。あくまでもストリートが全てといってもいいかも知れない。ただ、ある地域では少しそんな裏スペースもあったりする。それは・・・
そして警察車両の先導にてバスは突き進む、そう、他の車も人もロバも押しのけ、突き進むと言った感じなのである。


マラカンド峠を登る
時系列ではないが、このマラカンド峠越えも印象に残る。画像の右上の山裾の方から我々は走ってきた。標高1000m弱の峠だが次第に今までのロケーションとは異なり、緑も増えてくる。緑とはいっても畑の多さかもしれない。マラカンドの町やスワット(スワート)地方へ行くには必ずここを抜けなければならない重要な峠。峠独特のカーブの連続でもあるのだが、まだ未舗装の部分が多い。そこにはあのデコトラも他の車両もひっきりなしにすれ違う。初めての地へ行く時、「この峠を越えれば、なにがあるのだろう・・・」そんな気にさせてくれるマラカンド峠。


アジアロードから
またまた画像はマラカンド峠より以前に戻るが、比べてみるとこの画像のように乾いた風土とは違う、峠の麓の潤いのある風景


ミンゴラの街のバザール
そして、スワット地区の最も大きなバザール。ここはミンゴラバザールと言われる、ミンゴラという町のショッピング街。この画像はまだ午前中のものだろうか、それほどの賑わいがない。だが夜にもなるととにかく凄い!我々はそんな夜にいきなりここを通過したものだから、その人の多さと賑わいに圧倒されてしまった。ここパキスタンは日中よりも、涼しい夜の方が活気がある。そしてそんな一般市民の夕食も、だいたいが夜9時・10時頃なんですと。


ペシャワール郊外
ペシャワールからカイバル(ハイバル)峠へ行くまでの画像です。次第にアフガニスタンへ近づくのだが、この近くにはアフガン難民キャンプもあるのだ。


スワット(スワート)郊外で
スワット(スワート)渓谷の景色を撮っていると、気さくな顔して現れた、地元民らしい若者。町から離れたこの場所ならでわの少しホッとする空間であった。

★★ ガンダーラ ウィーク スケジュール ★★
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タキシラの風景
2006/05/17(Wed)
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タキシラの道 右側には小麦畑も

永遠と続きそうな「ガンダーラウィーク」記事。読者の一部からは「長すぎて、読めない」「下手すぎて、わからへん」などと聞こえてきますが、それでもめげずに、へこたれずに・・・(笑)

少し街から外れるとこんな道路がほとんど。でもここの並木道は、なんかエエ感じでしょ。さすが歴史あるタキシラの路。樹も古いわね^^ ただ道路の両側は、どこへいってもだいたい未舗装なんやわ。

石の街タキシラ ここは壷が多かった

タキシラの街の中心部からは外れているが、こんなお店や石やさんがやはり多く目に付くんよ。


ジョーリアン ストゥーパ入り口 

小高い丘の上に立つジョーリアン ストゥーパ。真昼間の約200段階段は少しだけキツイ!でもこの時期、画像のようなアカシアの花がとてもいい香りで我々を迎えてくれた。そう、この花の蜜が、この地方のハニーになるのだ。とても癖がなくまろやかでんねん^^

世界遺産近くの民家 ジョーリアン ストゥーパにて

ストゥーパから周りを見るのが好きでんな。そんな中で見つけた民家。おそらくストーパより歴史は浅いだろうが、つい覗いてみたくなる。古代のそれとは全く違うのだが、でも同じ人間の営みなんよね。


焼きたてのチャパティ タキシラ博物館にて

薄いチャパティと少しぶ厚いナンは、パキスタンでもごくメジャーやね。それもほとんどのところは、このように焼き立てを出してくれる。熱くて触れないナンもあるほど、なんよ^^


ランチ タキシラ博物館にて

博物館敷地内の特設会場にて昼食を頂きました。ブーゲンビリアもまた藤の花のような色彩を放つジャカラータという樹も、この博物館にとても優しく、マッチしていましたね。ホッとする風景でもあった。


大変おいしいミルクティー タキシラのPTDCレストランにて

バキスタンでは紅茶っしょ。その中でもミルクティー・・・濃い水牛ミルクがとてもGood。


さてここからはタキシラ博物館内へ
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金を施された仏陀 タキシラ博物館にて

仏陀像にもかつては華やかな金が・・・そんな仏陀をこの地の人達は神様以上の存在として、崇めたのだろう。そう、神々しい仏陀物語の中で、いろんな彫刻を施して。


シッダールタの誕生・入浴 タキシラ博物館にて

シッダールタの誕生と入浴をかたどっている。仏陀とはそのゴータマ シッダールタ(ガウタマ シッダールタとも言う)が悟り(覚りとも書く)開いた後の姿。彼の周りには、いろんな伝説が付きまとう。そして彼の前世物語(ジャータカ)までも生まれているのだ。そしてもちろん彼を生んだ母マーヤも、それは聖母マリアと瓜二つのようでもあったのだ。


菩薩像 タキシラ博物館にて

ヒゲもたくわえ、また身体に装飾品も着けている。その菩薩とは仏陀の前の姿。まだ人間の真理、宇宙の真実が何であるかを、完全には見出しえない時点の僧のことを、菩薩と言われている。


仏塔  モラモラドゥ ストゥーパ

ストゥーパとはこのような仏塔を差しているのだと思う。これも2世紀から4世紀のもの。模造品ではない。当時の僧や人々は、この仏塔を中心としてお参りし、その周りに僧院などを併設していた。仏塔はこんな小サイズのものから、この後に出てくるダルマラージカのような大きなものまである。


子供達(偶然にも婚礼に遭遇) ジュリアン ストゥーパ駐車場にて

私の目からは婚礼の際の子供とは受け取れなかったのだが、あとでガイド役のジャベット氏から「さっきの家の子供達は、婚礼の家の子供達ですね」と・・・やはりよく見ると、おめかししているね^^


奉献塔に刻まれた彫刻 石膏 ジョーリアン ストゥーパにて

石膏で作られた奉献塔の彫刻の数々・・・その仏陀像や菩薩像の間には、ギリシャイオニア式の石柱が見て取れる。そしてわずかに残った色とりどりの色彩も、ほんの少し見えていた。その事をしきりに説明するジャベット氏・・・それはそれは華やかな奉献塔であって、それらの塑像が今もなお、ここに存在していることが、なぜか嬉しいと感じる。

ダルマラージカ ストゥーパ 日本語掲示板
比較的大きく、案外と平地に立てられたストゥーパ。このストゥーパという言葉が、現在の日本でも使われている。何のことか、わかりますか?

ダルマラージカ ストゥーパ

遺跡巡りも少々疲れた。だかこの広大な寺院に入ると、見たことも触れたこともない宝物があるようで・・・とにかく静かなんよ。

ダルマラージカ ストゥーパ

四角い台座の上に乗り、当時の人々は丸い仏塔の周りを左から右回りへ、お参りしたという。そんな足元にも、数々の彫刻と、人や自然に侵食された仏像痕があったのだ。

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ここからは紀元前の古代都市「シルカップ」(SIRKAP)跡

シルカップシティ 

前記事で述べたように、タキシラという東西文化の交差点は紀元前2世紀から紀元後2世紀頃の間に、こんな古代都市シルカップを作っていたんだね。そして機能的に、美観も考えて・・・その1km弱の直線のメインストリートに立つと・・・
奈良時代は確か8世紀だよね。

シルカップシティ


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夕景の古代都市・・・そんな空を見ていると、子供の頃の空を想い出しましたよ。この画像のストゥーパの基台正面の壁面には、あの有名な双頭鷲が刻まれているのです。そしてギリシャ・ペルシャ・インドの
文化がここに見て取れる・・・やはり、ここはとても大きな交差点やったんや。

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★★ ガンダーラ ウィーク スケジュール ★★
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タキシラ(TAXILA) ジョーリアン ストゥーパ
2006/05/17(Wed)
前述したつたない歴史概説だが、やはり自分が目で見てきたスポットの成り立ちや時代背景には興味が湧く。
見たこともない人には、「なんのこっちゃ」となるであろうが、私とて未だに曖昧な点が多い。

言葉や地名自体が曖昧なのだ。
仏教文明と仏教美術、そして仏教芸術と仏像芸術。
ストゥーパと仏塔・僧院、寺院と僧院、
お釈迦様・釈尊と菩薩・仏陀、
などなど・・・
当然それらは時代と共に読み方も捉え方もそして意図的な変更や意図もあった事を踏まえて、自分なりに考えたい。

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そして今回は最初に訪問した、タキシラ(TAXILA)という遺跡地に注目したい。タキシラもタクシラ・タキシーラと発音する方も多い。この地でもユネスコが指定した世界遺産が複数ある。

紀元前7世紀頃からインダス河の肥沃な土地を持ち、交通の要所であったとも言われている。タキシラは前述したアレキサンダー王の東征(前4世紀)の際にもここを通過している。そしてその東征は決してこの地に対して侵略というものではなく、アレキサンダー王の影響を受けたと考えたほうが良いようだ。当時のタキシラもアレキサンダー王に対しての協力もあったらしいし、マウリヤ朝誕生(紀元前4世紀)に刺激を与えたとも考えられている。

タキシラはかつてタクシャシーラ(石の街)とも呼ばれた。この地の城壁の石を加工した石の加工地でもあったのだ。もちろんタクシャシーラ王という王様もいたらしい。その後タキシラはマウイ王朝の支配の下で、仏教文化の中心地となったと言われている。

その中の ジョーリアン ストゥーパ(Jaulian Stupa)
ジョーリアン ストゥーパ(Jaulian Stupa)

ジョーリアン ストゥーパ(Jaulian Stupa)

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ジョーリアン ストゥーパ(Jaulian Stupa)11

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《今回訪問したタキシラのスポット》
ジョーリアン ストゥーパ(Jaulian Stupa)仏塔・僧院(世界遺産)
モラモラドゥ ストゥーパ(Mohra Moradu Stupa)仏塔・僧院(世界遺産)
ダルマラージカ ストゥーパ(Dharumarajika Stupa)仏塔・僧院(世界遺産)
シルカップシティ(Sircap City)古代都市遺跡(世界遺産)
タキシラ博物館(Taxila Museum)
それらはその通の方々にしてみればタキシラ博物館も含めて、この上なく魅力的な遺跡の数々であろう。
タキシラはそんな古代の東西文化交流の中で、ガンダーラにおいて仏教文化・仏教芸術が花開いた街の一つであると思えば、それは、その通でなくとも、歴史的ロマンなのかも知れない。
私においても仏像の発祥地として興味深い地であったのだ。

ジョーリアン ストゥーパ(Jaulian Stupa)仏塔・僧院(世界遺産)ジョーリアン ストゥーパ(Jaulian Stupa)21

モラモラドゥ ストゥーパ(Mohra Moradu Stupa)仏塔・僧院(世界遺産)モラモラドゥ ストゥーパ(Mohra Moradu Stupa)21

ダルマラージカ ストゥーパ(Dharumarajika Stupa)仏塔・僧院(世界遺産) ダルマラージカ ストゥーパ(Dharumarajika Stupa)21

シルカップシティ(Sircap City)古代都市遺跡(世界遺産)シルカップシティ(Sircap city)21

タキシラ博物館(Taxila Museum)
タキシラ博物館(Taxila Museum)



タキシラ博物館

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★★ ガンダーラ ウィーク スケジュール ★★

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ガンダーラってどこ?
2006/05/15(Mon)
それはここだよ、と言っても、知りたいのはなぜこの地に仏像美術などの仏教美術文化が生まれたのか。
歴史の勉強から始まるのだが、出来るだけ解りやすく記録してみたい。
そんな中で、現パキスタンは元はインドであったことも付け加えて。

大よそのガンダーラ地域 赤い部分

現パキスタン北西部から現アフガニスタン東部の一部にかけて、東西幅としては100km以上はあるだろうか。
ガンダーラという都市もなければ、あくまでも地域名称である。
それは東はタキシラ(Taxila)から西は現アフガニスタンのカブール(Kabul)までを言うらしい。

ガンダーラの歴史・・・・
この地域が欧州と現インドとの交易路として、様々な人も物資もそして文化ももたらされた地域でもあるようだ。
それは紀元前8世紀-紀元前4世紀のペルシャ帝国(現イラン)以来の繋がりかもしれない。
そのペルシャ帝国を征服したのはギリシャ マケドニア王国のアレキサンダー大王(紀元前4世紀)であるが、現インドの当時マウリヤ王朝(紀元前4世紀から紀元前2世紀)との国境あたりがタキシラであったと言われる。
それは中東・ヨーロッパと南アジア現インドの接点でもあり、重要なルート上の「点」でもあったみたい。
そして北へ上れば、中央アジアや中国とのルートともなり、それはあのシルクロードの一部と思って良いらしい。
マウリヤ朝領域図(BC.3~BC.2)


ブトカラ遺跡(BUTKARA) スワットにある紀元前からの仏塔・寺院


ガンダーラの仏教美術の発祥・・・・
紀元前4世紀のアレキサンダー王の遠征が、ギリシャとインド互いの文明の接点でもあったことがとても大きな要因となる。
ただ仏教の発祥地と言えば、インド北東部で、あのゴータマ シッタールダ(紀元前6世紀)から始まるのだが、ここ現パキスタン北西部のガンダーラが仏教発祥の地ではない。
ではその政治的背景や人々の心は?そしてアレキサンダー王の東征と共に入って来たギリシャの人々にとって、異教である仏教はどのように目に映ったのか?また当時仏教は偶像崇拝を禁止していたにもかかわらず?
まっそれはまたのちほどのことにして・・・・

タキシラ(タクシーラ) ジョーリアンストゥーパ(JAULIAN)(ユネスコ世界遺産) 奉献塔の彫刻 石膏で作られている

そしてインドのマウリア王朝(紀元前4世紀から紀元前2世紀)の3代目アショーカ王(紀元前3世紀)の存在が大きいようだ。彼は仏教によって自分自身をも改心させたと言われる人でもあり、スワット(スワート)でのブトカラ仏塔(ストゥーパ)の創建を初め磨崖碑などを作り、仏教の布教に努め、こよなく仏教を愛した人であったらしい。
アレキサンダー王の東征による彼らのギリシャ彫刻技法が、マウリヤ王朝以来、ガンダーラの仏像彫刻に影響を及ぼしているのは明らかである。
タキシラ博物館(TAXIRA Museam)所蔵 仏陀彫刻

そしてインド西隣のギリシャ系のバクトリア王国(紀元前3世紀から2世紀)のインド北西部進出により、ギリシャとインドの融合の中でクシャーナ朝(1世紀~2世紀中頃)カニシカ王(紀元後2世紀頃)は、現在のペシャワール(旧プルシャプラ)を都に定め、仏教を保護した王として知られる。
ガンダーラはそんな時代に優美な仏像美術を育んだと言えるようである。
タキシラ ジュリアンのストゥーパ(JAULIAN)(ユネスコ世界遺産) 僧院

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★★ ガンダーラ ウィーク スケジュール ★★
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ちょっと一息
2006/05/14(Sun)
部屋から見える雄大で繊細なスワット河


暑い場面が多いので、少し一息入れてみます。
この旅に出る前に、ちょっとした情報があった。それは「綺麗な河があるよ、そこにはニジマスもいて、ひょっとしたら釣りが出来るかも・・・」
私は本気で考えた、バッグに収まるくらいの磯竿がないものか。調べるとそれがあった。仕舞寸法約60cm、長さは4.5mほどの竿。
その河がインダス河であるのかどうかは解らない、でもどうしよう・・・そんな余裕のある旅なのだろうか、ポイントがホテル近くにあるのだろうか、またこんな道具を持っていて、現地の人達はどう思うのだろうか、そしてもしそこで強盗にでもあったら・・・私は河に投げ出されて・・・
結局スケジュールの詳細は前もって解らなかったので、今回は欲をかかないで道具は持って行かなかった。かつてハワイのオアフでホテル裏の海の中を見て、思わずアラモアナまで走った事を思い出す。残念であったが・・・
画像は4・5泊目に泊まったロックシティーリゾート(サイドシャリフ郊外 スワット渓谷)の部屋のテラスから朝に撮ったもの。そう、ここでこの国の河の生き物との対面が、出来たかもしれない。それはヒンドゥクシ山脈カラコルム山脈ヒマラヤからの雪解け水で、とても雄大で清く透明なスワット(スワート)河であった。
そのスワット河の幅は私の感覚で広いところで400mは裕にある。そしてホテル下には、スワット河を渡る為のごく簡単なゴンドラ(人が数人乗れる程度のロープウェー)も絶えず行き来している。もちろんそれは人が乗るもの。もし歩いて河を渡るには5㎞も南下した橋まで行かなければならない。
悔やまれるのは、時間的に体力的に、この川辺さえにも降りなかったこと。だが次回には、このゴンドラも、必ず乗ってみたいと思った。そして釣れなくとも糸を垂らして・・・


スワット(スワート)河をまたいで渡るゴンドラ



ロックシティーリゾードの外観

この地区には、こんなリゾートホテルが何件も存在する。
もちろん街の人達も、休暇や避暑地として多くの人が利用していると聞いた。

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ロックシティリゾートのガーデンから万年雪のカラコルム山脈方面を望む

すがすがしい朝、ホテルのガーデンからこの景色を眺めていると、心安らぐのは事実であろう。そしてこのテーブルに釣竿を立てかけて、餌を思案したり、ルアーを選んだり、居眠りをしたり・・・
旅にはそんな何もしない、この川の流れのように、自然と流れる時間が欲しいと思う、そんな光景でもあるのだ。

ロックシティリゾート

そんな自然が作り出した優美な光景は、この国の大きな財産でもある。このスワット(スワート)河とは別ルートのインダス河上流にあるフンザ河・ギルギット河、これら全てはあの8,000m級などの山々からのめぐみなのだ。そしてこのスワット河もさらに下流でインダス河に合流して、さらにはそのインダスと今度はアフガニスタン方向から流れてくるカブール河とが合流し、さらに大きなインダス河へと変身する。そしてアラビア海へと流れ込む。このパキスタン インダスの文化も文明も、より天に近い山々からの惠の水が源流となっていることが、このスワット河を前にしてつくづく思う。山こそが世界文明の一つであるインダス文明の起源であるということ。
やはりその神々が宿ると言われている8000m級の山々を、一度は見てみたいと、ここスワット(スワート)に居て思った。

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★★ ガンダーラ ウィーク スケジュール ★★
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ショッピング①(昼)
2006/05/13(Sat)
ショッピング①

気温36度以上であるであろう日中、ホテル近くの商店街へ連れて行ってもらった。さすがに人は少ない。だがこれが夜8時ともなると雰囲気はガラッと変わる。そう、日本もそうだけれど、真夏の昼を想像してみて。あまりで歩かないよね。

昼の商店街

熱いからと言って閉まっている店はまずない。店内は当然空調が効いている。

パンジャビ スーツ店で

パンジャビ スーツを物色。このパンジャビスーツ(シルワール カミーズとも言う)は、ここイスラマバードの州名、パンジャーブ州からも解るように、かつてのインドを含むパンジャーブ地域から来ている名前。パキスタン人の男女のほとんどがこの民族衣装を愛用しているようだ。

パンジャーブ州「地図がなければ気がすまない」の地図のように、インドと接しているパキスタン中東部の州である。そこはあのインダス川とその4つの大きな支流が灌漑として、古くから肥沃な穀倉地帯として続いている。

今回は男性用を同行者が購入していた。
上下で800ルピーぐらいから様々であるが、男のズボンはゴムではなくなぜか・・・長い通しの紐なのだ。
そして本当は、あと帽子とサンダルが揃えば・・・バッチリ現地人

ジュエリーショップ

ジュエリーショップ前

貴金属店。それはそれは王様・王女様が身に付けるようなものまで、そしてそれもかなり高価である。金・銀それにこの地方で産出される鉱石・宝石を、歴史ある伝統技術で細かく作ってある。そんな店舗が何件も並ぶ。
そしてそれらの店の前には、しっかりとガードマンが・・・でも寝ていては仕事にならないよ^^

照り焼き肉は いかが?

この暑いのに照り焼きかよ・・・と思っても美味そう! ここは日陰になっている分涼しいのだ。でも近くに寄ると、さすがに熱い!

★★ ガンダーラ ウィーク スケジュール ★★
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パキスタン名物
2006/05/13(Sat)
パキスタン名物

ガンダーラウィークは始まっているのに、なぜか仏像までは届かない(笑) それよりパキスタンやイスラムの空気に触れてみたい気がする。その中でもこのトラック達、というよりトラック野郎気質とでも言うべきか、果てしなく派手・派手・派手・・・・

デコトラ風景

電気で飾られたものよりも、オリジナルな色や模様、そしてこの国の手工芸技術と同様に、あくまでもマニュファクチュアルである。そしてそれらは競い合うように、トラックの頭はせり出し、そのケツのケツまで、色とりどりに描かれ飾られる。
このトラックはかなり古いベンツ?が土台だが、ドアや室内は全く原型をなしていないようだ。

デコトラ運転手

恐る恐る運転席内も見せてもらったが、そこはパキスタン男子にとってのステータスがあるように思えた。酒を飲まないイスラムの国において、彼らの自分なりの自己表現であるのかもしれない。そして誰もが目を引く派手な立派な絵画と彫刻と装飾。(前方上部からぶら下がっている黒い布は、魔除けの意味がある)

荷台も もちろん・・

まるで自分の彼女や自分の妻が、他の女性の誰よりも美しいと自慢するかのように、彼達にとってはこのトラックを愛しているのだろう。

気さくでしょ^^

そしてこの彼らのような無邪気で素朴な笑顔は、一見して怖いイメージのパキスタン男子の本音の一面を見たような気もする。普段は質素ないでたちの彼らや彼女達でも、必ずどこかに自己主張の欲もあるはず。それを誇示しながら、そして巧みなドライバー技術と共に、この国の中では、うるさいクラクションの中で平穏で暗黙の男社会の交通ルールがかなり行き届いている気がした。
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GTRというのはグランド・トランク・ロード(Grand Trunk Road)
パキスタン内の第2の都市ラホールからイスラマバード南部を通り、
ペシャワールを経てアフガニスタンのジャララバードへ続いています。
1500年代に作られたいかにもイギリスらしい名前の有名な道路。
全長3000kmだが 現パキスタン内では600km

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昔の面影が残るGTR。
今はこのすぐ傍に、立派なGTRが走っていました。

★★ ガンダーラ ウィーク スケジュール ★★
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オープニング セレモニー
2006/05/12(Fri)
オープニングセレモニー


この「ガンダーラウィーク2006」オープニングに出席する為に、前もって到着していた我々6人だが、ここで初めて7カ国の参加者と対面する、壇上にはパキスタン政府の観光省大臣も。そして昼食を含めてオリエンテーション。名詞が飛ぶように出て行く^^ 去年が始めてだったらしいが、今年は各国仏像美術関係者や旅行業者が多い。
さて街へ出てみよう、画像は首都の中でもとても綺麗で大きなストリート、ここイスラマバードは以前の首都ラワルピンディ(ラワールピンディ)から1956年に首都として移転されたもの。さすがに区画されていて、面白いことに各居住8ブロックの中心にマーケットスペースがある。だから大きな街道沿いにテンポはほとんどないのだ。もちろん国会議事堂も最高裁判所もその一角にある。だが相変わらず見るからに道路はツルツルに見える。
巨大モスク

最初にイスラマバード最大のモスクへ。靴を脱いで入れていただいたが、館内は絨毯でとにかく広い。中だけで4万人、そして外のスペースで4万人がお祈りできる。もちろん聖地メッカの方向もここでもしっかり示されてている(ほぼ西南西方向)
ビューポイントから中心街を望む

次にホテルの部屋から見えた山の中腹のビューポイント公園へ。もちろん地元の人々も多く賑わっていた。各国要人がイスラマバードへ訪れた際に植えられた木々の中を抜けて、しばし街を望んでみる。だがあまり高いポイントではなく、また植樹した木が伸びて視界を塞ぐ^^ 国としてはさらに植樹を推進する意向で、この街を見る限り緑も多い。
穏やかな警察官

その後夜景を見ながら、展望レストランへ。とにかく日中は暑い36度でも、湿度のない夜の野外はとても気持ちが良い。そして昼は熱くて外に出にくい家族連れも。警備の警官も一緒だが、さすがにピストルではなく長い銃である。男性社会といってもよいイスラム国のこの姿、初めての日本人なら少し躊躇する・・・だがそんな警戒心も彼らの気さくさになんか肩透かしを食らう。そして一般市民も、全く顔の違うアジア人を珍しそうに見るものの、決して余計なこともしなければ、カメラを向けると少し照れながらも「写してぇ」と言った雰囲気が解る。また撮ったからと言って、金品を要求することもないのだ。
オープンレストランのエントランス

そしてオープンテラスのディナーへ。シシカバブーの香ばしい香りと煙が食欲をそそる。ここもコース料理ではなく、バイキングスタイルが嬉しい。そしてもしここにビールがあれば・・・・(笑) ビールの替わりにペプシ・ミネラルウォーター・7upなどなど・・・


★★ ガンダーラ ウィーク スケジュール ★★
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イスラマバード マリオット②
2006/05/11(Thu)
マリオットの廊下


パキスタンの産業の中で手工芸品は見逃せない。その代表的なものはじゅうたん(絨毯)。もちろんそれらは寒い北部地方の伝統的な産物であるが、このホテルのローカや部屋には、上質のそれらが温かみを持って迎えてくれる。そしてまたパキスタンの石工芸も見逃せない。言わずと知れた大理石。ロビーや部屋のバスルームにも、それらはふんだんに施されていた。

朝食会場と豊富なメニュー

そして初めての朝、1階レストランのバイキングを1人でいただきに・・・
なにやらとてもにこやかな女性ホテルスタッフに迎えられ、パキスタンならでわのカレー風味の料理からサラダ・フルーツ・数々のパンの種類、そして多彩なシリアルまで揃っている。
にこやかな女性・・・私の印象は、朗らかで変にかしこまってはいない感じが、とても初めての朝には嬉しかった。この画像はおそらく偶然のあくび^^でもそれを撮られた私に対して、また笑顔ではにかむそんなフレンドリーさが私には和む。だが・・・
少し見辛いが、料理が並んでいる部分のオーブン(温熱器)、パキスタンではどこへ行ってもこの形が多いらしい。
初日は無難なところを選んでみた・・

いかがでしょう、私のチョイス(笑) 野菜も取りたいところだが、まずは味試し・・・左にあるのはいわゆるナンではなく、超薄くしたナンを油で揚げ、それに好みのミートソースを掛ける。これも軽い感じでGood!
マリオットのロビー

そしていよいよこの日のスケジュールに向けて出発のひと時。ホテルロビーの一角であるのだが、多くの樹や花がとても綺麗で嬉しいのだ。まるでハワイのホテルのようでもあるが、その壁には大きなラクダの手織りのタペストリーが素晴らしい・・・^^

★★ ガンダーラ ウィーク スケジュール ★★
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イスラマバード マリオット①
2006/05/10(Wed)

1947年インドはまだイギリス領であった。その年にインドは独立、そしてヒンドゥー教国のインドとイスラム教国のパキスタンは袖を分つ事になる。
かつての東パキスタンは今はバングラデシュとなり、西パキスタンが今のパキスタンである。
人口約1億5千万人強国土面積も日本のほぼ2倍。人種としては4つの人種がいるようだが、歴史・民族・宗教政治ともまだまだ私にはよく解らないことが多いが国教がイスラム教であることに間違いはない。そんなイスラムの習慣もパキスタンならではの特徴も垣間見れるであろうか。
主だったところは英語が使える言語は本来ウルドゥ語であるのだが、希望すれば英語の習得も学校で可能なのだ。

さていきなり花の首飾りで出迎えられた我々は、一路ワゴン車で30分程のイスラマバード マリオツトへ。
だが空港で見かける人はほとんどが男性(レイを首に掛けて頂いたのは、確かPTDCの綺麗な女性)、そして走る車もハイスピードである。そんな中でも道路がヘッドライトに照らされて光っている。そう、見る限りツルツル道路でもあるのだ。乗っているのは日本車であっただろうが、そのスピードと運転技術と、そしてツルツル道路に、私はとても興味を惹かれてしまった。後にドライバー技法について述べる事にするが、夜のラワルピンディの空気はバンコクとは違って、乾いていて心地良い。ホテルへは約30分で到着。
マリオットの部屋 PCとプラズマ

合計4泊したイスラマバード マリオット。とても心地良く過ごさせて頂きました。イスラマバードではセレナ(SERENA)ホテルと並んで5つ星なのである。フロントでチェックインの際もフレッシュジュースを持ってきてくれたり、そのすぐ横にはコーヒーとティーのセルフサービスもある。3階の303号室へ案内されるがもちろんこの国はチップ制です。とりあえず1ドル。だが市内物価は安い。それはホテルレートと庶民レートといってもいいかも知れない。
さて部屋には大きなプラズマとMyPCに驚くと同時に嬉しくもなる。プラズマはまさか日本語では見れないが、PC端末は自分のページもブログも見る事が出来たのだ。1時間180ルピー。ただミニマム設定もあるので、繋いだだけで180ルピーではない。これもホテルレートだが、遠慮なく使ってみた。(現在100ルピーは約200円)
このホテルでの基本的なサービス フルーツバスケット

ホテルのフルーツバスケットも基本サービス。そして空調調節をして眠ってしまった。この5月6月はパキスタンにおいてはも最も暑い夏。そして7月8月は雨期を迎える(5-9月までが夏)。案外とモンスーン気候の影響はあっても、四季がはっきりとしているらしい。でもこの時期でも夜はクーラーは要らなかった。(冬は12月-2月、日中の気温もここ首都では20度程度)
部屋からのロケーション

そして朝の景色だが、やはりぐっすりとは眠れなかった。4回ほど目が覚めたであろうか、やはり歳だね。朝はたいがい曇りが多い。でも7時頃になるとズバリ快晴・・・というより暑そう^^ 山並みも綺麗で、鳥も多い(カラスも)。だかそのホテルの入り口はやはり厳重な警備があった。それは後述するが、なんでも慣れれば、極々当たり前の日常光景となる
ホテルへの乗り入れはここで厳重にチェック


★★ ガンダーラ ウィーク スケジュール ★★
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初めての地パキスタン
2006/05/10(Wed)
イスラマバード空港へ到着

バンコクでのトランジットも無事に終え、また5時間ほどのフライトへ機中で備える。その時点で日本から乗り継いだ人達は、すでに日本時間では21:30。旅の疲れもあり眠くなる頃なのだが、周りは体格のでかいパキスタン人が多い。それに加えて声も大きかければ、さらにじっとしていない。挙句の果てには携帯電話も・・・そうなるとTGのクルー達からも次第に笑顔が消えていく。イスラマバード着は日本時間で言えば午前2時30分なのだ。座席はほぼ満席、尻も痛ければ、立ち話の声で耳も痛い。
少しは寝たのか、大人しく座りっぱなしのフライトは予定通りパキスタンの首都イスラマバードへ到着。

いよいよ初めての地へのんびりと降り立った。なぜなら慣れていないから(笑) でも様子が違う。どの国のイミグレーション(出入国管理)でも緊張感はあるのだが、ましてやイスラムの国、そんな空気を察しながらも進んで行くと、なんと肩透かし。それは我々が政府イベントへの参加者であるという配慮がありありと見て取れた。そして税関も・・・係員の誘導でスルーしてしまったのだ。それも制服組の係員の誘導というより、あのパジャマのような民族衣装?姿のおっちゃんが出てきて、「こっちへ来い」と手招き・・・

そして待合室へ出たとたんバラの花輪の歓迎を受けることとなる。
バラの首飾り


★★ ガンダーラ ウィーク スケジュール ★★
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バンコク空港にて
2006/05/09(Tue)
お疲れ様 タイ国際航空

今まで乗っていたタイ国際航空のB777-300。そこからバスでターミナル移動するのだが、まだイスラマバード行きの便まで4時間近くあった。
真っ白な機体?

空港内をバスで移動中に、真っ白なB747を発見。おそらくTGであろうが、こんなところでお化粧直しとは珍しい。
とにかく長い空港

大きい空港でもあり長い空港でもある。ただし湿気は異常なくらい肌にまとわりつく。ロビー内はそれほどでもないが、とにかく普通のお店のように、多彩な売店・免税店が永遠と続くのだ。
日本のタバコが欲しかったのだが、おいてあるのはマイルドセブン系の数種のみ。成田で買ったのはバージニアスリムのみ。そんな中、喫煙ルームで1服していた時のこと、全く見知らぬ同士と見られるマレー人と中国系の二人。マレー人がタバコがなかったらしくその隣の中国系人に言葉もなく物乞いか?と思ったら、いぶかしがらずにすんなり中国系人もタバコを差し出してしまった。もちろんライターも手渡しで・・・だが二人ともその動作のみで。ペコペコする事もなければ、お礼を言うでもない。タイの言葉で「マイペンライ」を地でいっているそんな一部始終をじっと見ていた・・・私。
バンコク空港内のフレッシュジュース


★★ ガンダーラ ウィーク スケジュール ★★
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TGで飛ぶ
2006/05/09(Tue)
タイ国際航空(TG)のアルコール

プライベートな旅よりも仕事の旅が多い私だが、さて今回は?やはり仕事だね。そんな思いで旅はスタートしたのだが同行者は5名。でも初対面の方がその内4名。私のお客様でも無いので、ある意味気楽な旅であるのだが、これから10日後のこともふと頭をよぎる。でも長旅の機内は出来るだけリラックスできるように、積極的には干渉しないことにした。
さて機内では食前のアルコールが振舞われる。ブランデー・ウイスキー・ワインにビール。タイのビールも美味かったのだが、機内では抑えぎみにワインのみを追加した。
ほぼ満席の機内でも、日本発の機内は比較的静かで、日本人の体格からしてこうもゆとりあるものかと、あとで思い知らされる。

TG機内食


ほぼ完食

そして機内食も食前酒のお陰で美味しくほぼ平らげてしまう。しばらく寝たであろうかその後、機内後部で外を眺めていると陸地も見えてきた。熱帯雨林を上から見てみたい・・・だが雨林というより雰囲気はやはり上からでは無理だろうか。おそらくラオスとタイとの国境付近上空。ただ上を飛んでいるだけなのだが、これも旅だ。

ラオスとタイ国境を流れる母なる河メコンかもしれない

最後部CA(キャビンアテンダント)の休憩場所でもある。少しそんな女性と現在位置を確認しながら彼女達をカメラに収めようとしたら、トイレから出てきた西洋人が俺にカメラを差し出した。私が自分のカメラのシャッターを押す前に、その男性とCAとの画像を彼のカメラに収めてあげた。ただ彼がトイレまでカメラを持参していたとは、私以上に用意のいい男である。
私より先輩かも


間もなくバンコク到着

そして無事に心地良いTG機はバンコク空港へ到着する。

★★ ガンダーラ ウィーク スケジュール ★★
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ガンダーラウィーク スケジュール
2006/05/08(Mon)
タフティ・バーイ山岳寺院

しなびたオヤジです

パキスタン
ガンダーラウィーク
スケジュール&プログラム


2006.04.22(土)
《初日》
成田空港       09:00集合
             11:00発 
             (TG641)
バンコク空港着    15:30着
             (乗継)
バンコク空港発    19:20発 
             (TG509)
イスラマバード空港着 22:30着
(日本とタイの時差2時間遅れ、パキスタンは4時間遅れ)

イスラマバード空港到着後、入国管理・税関を済ませワゴン車でイスラマバードマリオットへ。
ホテルまで約30分強。

《2日目》4/23
ホテルにて朝食
ホテルからマイクロバスでタキシラ(Taxila)遺跡巡りへ
09:00ホテル発
タキシラまで約1時間
 * 途中、旧G・T・R(アジアロード)へ立ち寄り
 * ジョーリアン ストゥーパ(Jaulian Stupa)仏塔・僧院
 * モラモラドゥ ストゥーパ(Mohra Moradu Stupa)仏塔・僧院
 * タキシラPTDCモーテルで昼食
 * タキシラ博物館(Taxila Museum)
 * ダルマラージカ ストゥーパ(Dharumarajika Stupa)仏塔・僧院
 * シルカップシティ(Sircap city)古代都市遺跡
イスラマバードマリオットホテル19時頃帰着後ホテルにて夕食

《3日目》4/24
ホテルにて朝食
午前中マリオットで「ガンダーラウィーク」オープニングセレモニー
会場で昼食後マイクロバスにて市内観光(各所要10分~20分)
 * ファイサルモスク(Faisal Mosque)イスラム寺院
 * 国立民族歴史博物館(Heritage Museum)
イスラマバード市内を見下ろす小高い山のビューポイント
イスラマバードの夜景が綺麗なレストラン(Daman-e-Kah)にて夕食 
イスラマバードマリオットホテル21時頃帰着

《4日目》4/25
ホテルにて朝食
08:00ホテル出発、サイドシャリフ(Saidu Sharif)へ。
参加者約40名(7カ国)、関係者約10数名がマイクロバス4台+乗用車にて移動
 * 再びタキシラにてジョーリアン、シルカップ、そしてタキシラ博物館を見学
 * タキシラ博物館にて昼食 
 * シャーバズガリ遺跡(Shahbas Garhi) アショーカ王の勅詔を彫ったもの
 * マラカンド(Malakand)峠を越え、チャクダラ(Chakdara)のPTDCモーテルにて休憩
 * そしてスワット(Swat)地区のサイドシャリフへ一気に走る
我々とシンガポールの人達は、ホテル ロックシティ リゾート(Rockcity Resort)へ泊
夕食もホテルにて・・・だが到着はすでに20時を回っていた。

《5日目》4/26
ホテルにて朝食
08:30ホテル発
 * ブトカラ1 ストゥーパ(Butkara Sits)仏塔・僧院 
 * サイドシャリフにあるスワット博物館(Swat Museum) 
 * PAITHOM(観光養成学校)にて昼食
 * シャコーライの磨崖仏(Jahanabadにある)
 * 一部の人達はミンゴラバザール(Mingora)
 * サイドシャリフのPTDCガーデンにて夕食
ホテル ロックシティ リゾート(Rockcity Resort)着は22時を過ぎていた。

《6日目》4/27
ホテルにて朝食
07:00ホテル発
 * ガーリガイの磨崖仏
 * シャンガルダール ストゥーパ(Shingardhar Stupa)
 * ディール博物館(Chakdaraにある)
 * タフティ・バーイにて昼食 
 * タフティ・バーイ山岳寺院(Takht Bahi) 
 * ペシャワール博物館(Peshawar Museum)
パール コンチネンタル ペシャワール(Pearl Continental Peshawar)着
夕食はペシャワール城内のガバナーズ ハウス(Govarnor's house)で、民族舞踊、楽隊付き
ホテル着21:30

《7日目》4/28
ホテルにて朝食
08:20ホテル発
 * ペシャワール郊外のジャムルード駅へバスにて移動
 * 蒸気機関車にてカイバル(ハイバル)峠へ(Khyber Pass) (一部バス移動)
 * 途中シャゲイ駅にて20分ほど休憩
 * 機関車終点はランリ・コタール駅、
  そこからバスにてカイバル峠ビューポイント
 * カイバル リフレ メス(Khyber Rifles Mess)にて民族舞踊と昼食
その後ペシャワールを経由して、イスラマバードへ戻る
イスラマバード マリオット19時頃帰着

《8日目》4/29
ホテルにて朝食
 * ホテルにてガンダーラウィーク閉会式
午後PK国内線にてラホール(Lahore)へ移動
ラホール到着後ホテルへ
パール コンチネンタル ラホール(Pearl Continental Lahore)にて夕食

《9日目》4/30
ホテルにて朝食
ホテル発
 * ラホール博物館(Lahore Museum)
 * ラホール市内にて昼食(Villege)
 * ラホール
18時ホテルチェックアウト後夕食へ
夕食後 ラホール空港へ

ラホール空港     22:00集合
            23:50発 
            (TG506)
《10日目》
バンコク空港着    06:20着
            (乗継)
バンコク空港初    07:30発 
            (TG676)
成田空港着      15:40着

060430ラホール美術館「苦行仏」
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地図がないと気がすまない
2006/05/04(Thu)
パキスタン地図③

パキスタン地図

しなびたオヤジです。
見知らぬ土地の見知らぬ地名、それさえも難しいのに、いきなりパキスタンなんて、無謀とも言えるのだ。
いくつかの町が集った地域の名前なのかあるいは町の名前なのか、それさえも解らない。もったいない話だけれど、そんな旅から始まった。
パキスタンではウルドゥ語が地元で最も庶民的な言葉。もちろん私には全く解らない。そして英語も習う人も多いのだが、英語のみならず、子供の学校教育自体が自由なのだ。そう、学校へ行くか行かないかは自由。私ももっと英語の学校へ行っておけば良かったのだが・・・
パキスタン中北部地図 今回の訪問地 

私にとって地図のない旅は考えられない。イスラマバード到着2日後にやっと手に入ったのだが、それも充分に活用しないままに時が過ぎて行ったのはなぜだろう?スケジュールをこなすことに追い回されていたのだろう、とにかく8日間の中で、寝る時間7時間を除けば、果たして5時間も自分の時間があっただろうか・・・
今ようやく、頂いた多くの資料の中から、少しずつ旅を紐解いている自分がいるようで・・・

この旅はパキスタン政府主催でPakistan Tourism Development Corporation Ltd.(通称PTDC)さんにお世話頂いた。PTDCとはパキスタン観光公社と思っていただいても良い。ホテルやレストランも経営しているのだが、我々が直接手配することはほとんどなく、普通その他多くの民間旅行会社に依頼することとなる。
今回はそんないくつかの現地旅行会社の方々にもいろいろお世話になった。なぜなら彼らは唯一日本語が喋れるガイド達を保有しているからだ。

今なら地名も読めるぞ、ただし行ったところの地名だけだけど、それとカラチとモヘンジョダロとギルギット、フンザ(笑

★★ ガンダーラ ウィーク スケジュール ★★
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ガンダーラウィークへ(パキスタン)
2006/05/03(Wed)
060422タイ上空?

しなびたオヤジです。
知人の誘いで急に行くことになったパキスタンはガンダーラ(地方)への探訪。
出発の3週間前であったのだが、なぜか一つ返事で「行きたい」と答えてしまった。
 ・・・・遠くへ・・・インドの西のイスラムの国・・・10日間も・・・準備期間がない・・・
まるで子供が、親戚の人にでも連れられて、家を飛び出すかのように。その理由は、ただ行ってみたかったに尽きる。パキスタン政府の観光PRイベントでもあるという事も大きな要因ではあったのだが、これも一つのチャンスと受け止めた。
ただ不安は居ない間の会社の事、また行く限りは前もってパキスタンを少しは知っておきたかった事。
やはりそれは期待より不安の方が勝っていたと言うべきだったと思う。ただ私の信条としては、一度自分の口から発した意志は大切にしたいものがある。
損得を天秤に掛けるより、とにかく行ってみたかったのだ。
成田発バンコク行 かなり混んでいた


成田--バンコク--イスラマバードとタイ国際航空で順調に飛ぶ。その時の同行者は私を含めて全員で6人。この旅を紹介してくれた知人一人を除いては、全て初対面の方々ばかり。ホテルは同室ではないのだが、10日間の同行の旅は始まった。本来はパキスタン国際航空で行くはずだったが、急遽タイ国際航空へ変更された。料金的にもタイ国際航空の方が料金は高い。でも・・・酒が飲めるのだ。
しっかり撮影 民族衣装が嬉しい


仏像の発祥地と言われているパキスタンはガンダーラ。それはガンダーラ遺跡ともガンダーラ美術とも言われている。
そんなユネスコの世界遺産に何箇所も指定されている地域なのだが、私としては初めての地の印象や感じたことを綴って入ってみたいと思う。
歴史探訪や、美術を愛でる知識も能力もないのだが、ただただ1旅行者として、そしてこの地の人々の仏教を信仰した人々の気持ちが少しでも垣間見れれば・・・
イスラマバード空港へ到着


★★ ガンダーラ ウィーク スケジュール ★★
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