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指紋
2008/02/24(Sun)
08
指紋を取ってみた・・・
ではなくて・・・これは春の低気圧の仕業。
猛烈な南風によって、車の周りの杉が花粉を撒き散らした痕跡。
見事に自分の指紋が、いや指型が見て取れる・・・黄色の指紋痕

私もひどい花粉症だったが、今は好転している。
ところで、痛みを伴う改革は、どうなったん?
そんな呼びかけしておきながら、ヌクヌクと税金食いつぶしているのは誰?
都合の良い時に出で来るばかりでなく、身を持って痛みを示して欲しいものだ。

大規模店舗法ってなんだったのかしら?
JRも民営化され、税金食いつぶして、駅前の食堂や商店も食いつぶして。
「駅にコンビニが出来て、便利だね」などと言ってはいけない。
したいことするのは良いのだが、痛みを庶民に付け回ししていないかい?
いずれ郵便も、そうなるのかしら?

デカイ所はなにをしても良いとは限らない。
花粉対策は、進んでいるの?
一番デカイのは・・・・やはり予算を牛耳っているところなんだな
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ロケーション
2008/02/20(Wed)
世界遺産近くの民家 ジュリアン ストゥーパにて

ガンダーラの世界遺産の僧院から撮った画像なのだが、
僧院や仏像ばかりに注目すると同時に、なぜかその周りの景色や
風情を残しておきたいと思うのは、私だけだろうか?

仕事柄、ホテルやディスティネーションのスポット画像だけでは、
そのロケーションも立地している風情も感じ取れないのはとても残念だと思う。
ただ、360度というのもなかなか難しいものだ。

でもこの画像は、タキシラにあるジョーリアン・ストゥーパで、仏塔の位置から撮った画像。
ここからのロケーションを撮っておきたかったのだろうなぁ。
外から見た僧院の遠景、そして僧院から見た遠望、本当はそれが揃ってこそ、
全容も内容も把握したいものだね。
下の画像は上の画像とはほぼ反対側の僧院から見た画像(2枚合成パノラマ)

話は違うが、2/23(土)にガンダーラ仏像美術について小さな講演会がある。
私も行ってみようと思うのだが、ここでの講師もおそらく、
パーツ画像のみならず、ロケーション画像全容を把握したいのかもしれない。
東京は箱崎にて、ガンダーラ仏像美術について、話が聞けます。
もちろん私は・・・聞き役です。
詳しくは→http://www.its-world.jp/new2-3-salon.html

ジュリアン ストゥーパ(Jaulian Stupa)仏塔・僧院(世界遺産)

ジョーリアン・ストゥーパからの遠望


★★ ガンダーラ ウィーク スケジュール ★★
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54歳となりました
2008/02/11(Mon)
浜


2月にひとつ歳をとって54歳に。
だからと言って何も起きなければ変わらないのだが、
昨年この写真を実家で見つけて、半世紀を何とか生きてきた自分を考えてしまった。

この画像は、ほぼ50年前の実家の自宅傍の海岸風景なのだが、
今はここも埋め立てられ、倉庫が建てられている。
50年前の海は、まだ本当の海であった頃かもしれない。
写真ではよく解らないが、浜に打ち上げられているのはほとんどが海草ばかり。
それ以外は白砂の中に、貝や丸くなった石ころしかなかった。
それは1950年代。
しかし1960年頃から70年にかけて、妙なものが海岸いっぱいに打ち上げられた。
その中には、浣腸器や注射器、それにその針までもが・・・・
もちろんその他のゴミ類も多かったのだが、私の幼少期はそんなゴミの中で遊んでいたようなもの。
コールタール(重油の固まったようなもの)の上に座ろうものなら、母親から大目玉を食らった。
でもひたすら浜に行っては友達と遊んだり、釣りをしたり、一人夕日を眺めたり・・・・
子供にとっては何もない海だが、波の高さ30cmの潮騒の中で、
潮で洗われたゴミを探すこともよくあった。そんな中に、ビンの中に入れられた
手紙もあった。かすかな夢のある海で、絶好の遊び場であったわけだ。

こんな海でオコゼも生息していた。
夏にゴミの海で泳ぐのはもちろん、親から言われるのは「オコゼに刺されるな!」という言葉。
幸いにも私は刺されなかったが、刺された人を何人も見た事がある。

おそらく戦後15年頃から30年の間の、高度成長期の時期の際のゴミが、最も悲惨だったのかもしれない。
つまり私が6歳から20歳頃までの時期である。
そう思えば、ぴったりゴミの中の青春でもあったわけだ。

当時、我々のし尿も海洋投棄もされていた。
そしてその船頭の話では、浜から1kmほど沖でし尿をぶちまけると、多くの魚が湧いて来たという。
まるで人も自然の一部と考えれば、まさに自然の摂理でもあり、食物連鎖でもあったのかと・・・

今の内海は、その頃に比べればとても奇麗になったと思うよ。
でもオコゼにとっては・・・・どうなんだろう?
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