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【世界農業遺産と世界自然遺産】
2011/06/25(Sat)
071019毛越寺900

画像は2007年に訪れた岩手県は平泉の毛越寺(もうつうじ)
平穏な平和を願って造られた浄土庭園の大泉が池。
越を"つう"と呼ぶのは、かつて越が"おつ"と呼ばれていたらしい。
"もうおつじ"が次第に変化して"もうつうじ"と。

その寺の名はあまり知られていないかもしれない。
すぐそばにある平泉中尊寺のほうが圧倒的に知名度は高いと思われる。

071019中尊寺900

そして毛越寺から中尊寺は金色堂へわずかな距離だが移動。
徒歩で移動すると、こんな案内板もある。
かなり朽ちかけているが、しっかりと案内の役目は果たしている。

その毛越寺と中尊寺、今夜世界遺産に正式に登録決定か。。。

2007年の我々はその日、少し距離はあるが南三陸町の海を見下ろすホテルへ泊めてもらった。
南三陸ホテル観洋・・・今も被災者の受け入れを継続されているようだ。

さて世界農業遺産
能登の里山里海と佐渡島が認められた。

世界自然遺産登録もすごいが、農業遺産はとても庶民の味がする。

能登の棚田は私にも思い出深いものがある。
秘境というより、冬は厳しい日本海の風と夏は緑一面の田畑と山、
それにとても綺麗で平穏な海という印象が強い。
かつてのキリコの祭事や御陣叙太鼓を見た時の刺激が強かったともいえるのだが。

6月末にここへ行かれるお客様の画像を、楽しみにしています。
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【あきらかに見る】
2011/06/15(Wed)
磯釣り入門教室を実施。今年はやけに早い5月からの入梅だ。
でも梅雨も無ければアジサイの色もあせる。そして磯釣りにとって梅雨はまだシーズンなのだ。

真夏の日中の磯は地獄。。。だから夜の釣行とならざるを得ない。
あるいは朝と夕方の涼しい時にだけ竿を出すのだが。。。だから梅雨時期は
夏前のまだ一日竿を出せる季節なのだ。

さて今回は先月インターネットから申し込まれたお客様と二人で磯へ。
朝5時の磯は。。。眠い。
釣行は前日の予定だったのだが、豪雨予想で急遽翌日へ。雨も上がって曇り釣行でラッキー。
しかし湿気が凄い。こんな濃霧の中の磯も久しぶりだが、逆に風がない証拠だよね。

欲を言えばきりがない、そんな変化のある自然の中で楽しませていただくと考えたい。
前日からの南方向のウネリが大きく、いつもの位置では波をかぶる。
一歩下がったお山の上から。。。しかし朝はフグのオンパレード。。。針の交換は15回以上はしたか?
でもフグも確認の意味でも釣らねばならぬ。ちっちゃい口のフグを釣るのも難しいのよ^^

まっ、それでも海は海、いろんな魚がいることはわかっている。
そんな中で「欲張らず、頑張らず、あきらめず」
2時間ほどしてやはりフグの姿が見えなくなってきた。
そしてメジナが小ぶりながら釣れ始める。。。これがとてもいい練習だよね。

「あきらめない」。。。かつてこのブログにも書いたのだが
今使っている「諦めない」は、本来は「明らかに見る」ということらしい。
今目の前にある現実をありのままに見てそれを受け入れる。。。

だがそれがなぜ執着を持った「諦めない」となったのかは・・・ふむふむ。

後ろ髪をひかれ、愚痴を垂れ、自然や人のせいにしてばかりでは
何も進まない。
それはそれで「仕方のない事」と受け入れ、それを目の当たりにして受け入れていければ、
また前へ進めるというもの・・・と。

あきらめないとは。。。「あきらかに見て体験して前へ進む」・・・と納得

今回のお方は、まるでそれを地で言っているかのようなお方で、私も勉強させていただきました。
そんなお方の初の嬉しいメジナ。。。です。

110612mtn

この日6/12の釣果レポートはこちら
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【宮本常一 没後30周年 東京フォーラム】
2011/06/07(Tue)
110604宮本常一フォーラム

前々回の記事で取り上げた「宮本常一 没後30周年フォーラム」へ
奇異なるご縁のお蔭で、行ってきた。

フォーラムのパネルディスカッションでは澁澤栄一氏の水戸学との関連。
それは宮本氏を支えた澁澤敬三氏から、ある程度受け継がれていたのではという背景を拝聴した。
澁澤栄一氏の「経世済民」と儒学思想の「和して同ぜず」

それらは私にとっては新鮮な感覚で受け止められた。
澁澤氏の生きた時代、育った地域、それらが澁澤氏に与える影響は大きかっただろうと。

「和して同ぜず」はまるで「ジグソーパズル」であることも頷ける。
宮本氏のフィールドワークは、そんなジグソーを一つひとつ聞き取って集めまわった軌跡なのかも。

一連のフォーラム主催者の長岡秀世さんも、震災期を同じくして、彼の言葉に偶然を感じられている。
「今だからこそ宮本の済民という考え方と知行合一を・・・」

風俗や習慣、伝説、民話、民具、家屋、音楽など古くから地域の中で伝承されてきた
有形、無形の民俗資料を伝え残すほどに、見えてくるものがある気がする。
民俗学を紐解く中での フォルクローレ・・・・(ピミエンタさんだ)。

民族学とも相繋がることは確かだが、そこに出てくる人物の名もまた偶然だった。
その方は「知的生産の技術」の著者である梅棹忠夫氏。
その方は国立民族学 初代館長でもあったようだが、そのことは全く私の知識にはなかった。

だが。。。。なぜ前回の記事「忘れていいよ」として、時のエバーノートとして
私の中から浮かびだしたのかは、偶然かつ、わからなくとも、とても奇異なことかと思った。

無常の中から生み出される偶然は、やはり必然なのかもしれない。
ということは、いずれそれは龍谷ミュージアムへと繋がるかどうか。。。
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