【京の朝焼け】
2011/07/29(Fri)
110718ruolcともいき

画像は大学の研修施設「ともいき荘」から見た御苑の森と東の空。

京都市役所近くの2次会会場でしこたま呑んで、そそくさと23時門限の龍谷大学の研修所へ。
「もう限界、寝るしかない」
だが40代の後輩たちは。。。3次会へ。。。私としては「そんなん あったん?」だね^^

京都御苑(御所)西の下立ち売り通り近くの研修所だったが、とても綺麗で係りの人も親切。
入館に際し数珠も要らなければ、仏壇もない。
若い海外留学生が多くにぎやかだ。「良いね 国際交流館」と言った雰囲気。
とにかく水を大量に飲んで寝る。
その時点で思い出した。。。「なでしこ」

幸いにも、後輩の丹後さんから「その部屋は一人で寝ていいよ」との温かいお言葉。
なら寝れる、いつもの50肩も痛いので^^きっと朝4時に目覚めるだろう。そん事はすでに苦ではない。
苦を取り払い、目覚める。。。なんて、仏門の世界の入口か?
ただ煩悩は未だ・・・たっぷり^^;

そして起きましたよ、4時のオンタイム。

110718ruolcともいき

だが起きてもしばらくすると勝手に瞼が下りてくる。。。実視は50%?
不思議なもので2点目の同点ゴールはオンタイムだった。
だが、PKまでの余白時間が余計だった。。。熟睡

今改めて画像を見て見ると、テレビに映っている???
これはきっと・・・・朝のニュースかぁ?

待てよ、上の朝焼けは確か5時前。。。ふむふむ 時間からするときっとPK前だ^^
ただベランダまで出て、外の空気を吸って「相変わらず京都盆地は朝も暑い」と
目を覚ます為の外気吸入だったのだが。。。おそらくそれからまた 寝たんだろう^^

朝になって後輩達に、「3次会へ出て、なでしこをオンタイムで見たヤツ、居る?」と聞くと
「いえいえ すっかり寝てましたよ」。。。と

一人部屋が功を奏した。。。感謝です^^
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【京都で久々に呑んだ顔】
2011/07/26(Tue)
110717OB会

京でなくとも久しぶりに呑みましたね。
自動車通勤がある限り、なかなか呑めないし、温泉へ添乗に出かけても
仕事やもんね。

後輩たちが案内から用意建てまで、すべてを仕切っていただきありがたかったなぁ。
画像は2次会での幹事K君との2ショット。(画像はYさんが撮ってくれました)

でもそんな後輩たちも私と10歳違いでそろそろお年頃^^
昔のとにかく勢いのみならず、他人の話を聞いてくれるようになりました^^
まだ3回ほどしか 会っていないけど・・・

110717OB会02

そして顧問であり私の研究室の教授でもあったH先生。
御年80歳の傘寿です。とってもお元気で羨ましいくらい。
今の私は50肩で夜も痛くてろくろく。。。^^;
米寿まで執筆も頑張ってもらいましょう。。。今後の「経済」のベルリン連載も。

ゼミで山陰へ教授も含めて卒業旅行をした時の逸話。
案内役のガイドさんが、松江城の鬼瓦を指さして何度も鬼瓦と言いながら説明してくれた時
「あの時君らの中から、どっと笑いが出たよね」・・・と先生
「ガイドさんは、皆が何で笑っているのか。。。怪訝な顔しとったよな」とまた先生の言葉。
にこやかに話されていました。

在学時の先生の我々が付けたニックネームは、まさに「鬼瓦」だったのです。
そんなこんな、古い想い出話に花が咲いて、今もとても学生想いの優しい先生なのです。

110717京阪四条駅

現在の京阪四条駅。。。すでに地下に潜られた。
それも駅名は 祇園四条駅。
四条に乗り入れているのは京阪と阪急もある。阪急の駅は四条河原町。だからかつては京阪四条駅。
なるほど、四条にありながらすぐ横は祇園。適格なネーミングです。
五条も 清水五条 ・・・なるほどね これもGood。

この京阪四条駅、かつては駅のすぐ横の踏切はあの大きな四条通りと平面交差だった。
それも機械による遮断機がなかったのだ。。。なんとも秩序ある踏切だったかと今さらながらに思う。

ただ、五条駅と七条駅の名はそのままみたい。
京阪電鉄は私の大阪淀屋橋からの通学電車だった。
その当時今から35年前には、既に5枚扉で閑散時には3枚になる車両も導入されて、
関東の私鉄と比べれば1歩も2歩も先を進んでいた。特急にはテレビカーもあり移りは悪かったが見れた。
終点の京阪駅も鴨川沿いの綺麗な駅で好きだったな。もちろん三条も地下へ。

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東山三条 細い路地に入った東姉小路町の民宿。
暑い盛夏の、今日の民宿の風情。。。打ち水が写真では涼しげです。
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【龍谷ミュージアム 見聞】
2011/07/22(Fri)
龍谷ミュージアム03

今回の京都訪問は、龍谷大学オリエンテーリングサークルのOB会へ出席のためだったが、
私にとっては、訪問と言うより帰京と言って良いのかもしれない。

大学時代に観た祇園祭も35年来で、OB達との再会も35年ぶりの人達もいた。
そして今年開館した龍谷ミュージアム。
それはガンダーラ仏教美術との5年ぶりの再会でもあったのだ。

この龍谷ミュージアムの特筆すべきは、仏教総合博物館であり、その規模も
大学の博物館としての規模は最大クラスということらしい。

それに今回の特別展は「釈尊と親鸞」ということで、釈尊の起源(仏教の起源)から
親鸞までの時代毎の仏教の流れや、地域性の中の仏教のありようを紐解いているというのは、
私の願ってもないところであったからだ。

上の画像は博物館の裏手に車を止め、堀川通りに出る直前のもの。
龍谷は西本願寺の大学で、堀川通りの向こうにはその西本願寺(世界文化遺産文化財)がある。
だが画像に映っているのはほとんどが南隣のお寺で興正寺(こちらも浄土真宗)が写っている。
本願寺に慣れない方から見ると、「ここが西本願寺なんや」と思ってしまうだろう。
でも良く見ると、西本願寺敷地内の南東角に位置する飛雲閣(国宝)上部が見えている。
写真右端の書院造りの天守閣みたいな部分。
この飛雲閣は大学卒業時に、ゼミの教授の紹介で教授と共に見せてもらったことがあった。
(ただし書院の中までは入れない)

この辻を右へ曲がるとすぐに現われた・・・龍谷ミュージアム

龍谷ミュージアム04

小雨の中しっとりとした雰囲気が良く似合う。
もちろん鉄筋なのだが、格子風な木材のデザインにも優しさを感じます。
受け付けは地下1階みたいなのでこの↓エスカレーターで、下へ降りる。

龍谷ミュージアム05

階段でも良いのだが、やっぱりジジィ臭くなってきた。

龍谷ミュージアム06

まずはゆっくり中庭を覗く。。。ここは入場無料。(いわゆる解放区ですね)
自然の大きな石が配置されて、もし濡れていなければ腰かけるかも。。。
だが雨なのでそうはいかなかったが、親鸞さんとて
「どうぞごゆっくりお掛けになって石の温もりを自分の尻で感じて下さい。
石も人も全てが関わりあった無常の物質と縁起の中の生きものです。」
と、おっしゃるかどうかは、、、、わかりまへん。

龍谷ミュージアム07

そしてエントランスへ。。。石積みの響きと木の柔らかさ、あるいは岩の冷たさと木の温かさ、
「あなたのいろんな人生を多面的に感じて下さい」。。。そんな大げさなと思うかもしれないが、
でも良いですね、この広がりとガラスの透明感と自然な空間の広がり。

受け付けはまるで一流会社の受付並み。。。可愛い女性二人が丁寧に対応してくれた。

2階3階が展示室。
その流れとしては紀元前の釈尊(ゴータマ・シッダールタ、釈迦、如来、仏陀)を
しっかりと展示物を介して解説してくれている。
その中でのガンダーラ出土の展示出品数は全体の7割近くはあっただろうか。

展示順路はジャータカを元に構成されているように思えた。
少し残念なのは、本生譚(ジャータカという釈迦仏にまつわる前世・現世・来世の物語)とは。。
なんぞやと言うところから入って欲しい気もした。

出展品はいずれも歴史の過程でのものだから、その時代の人々の信心や興味や刺激的なものが
具現化されていて、それはそれで時代を映したものとして仕方がないかもしれない。

しかし私としてはおそらく、初めて見た方とは違って、とても馴染みあるものに出会えた感覚
があった。
第1章は、釈迦如来立像をはじめとした「釈迦の生涯」
仏陀になる前のインドの小さな国の王子時代から、出家して修行・悟りを得てゆくその流れ、
「托胎霊夢・占夢」「誕生」「潅水」「四門出遊」「出家決意・出城」「衣服交換」
「降魔成道」「梵天勧請・婚約」「初転法輪」「涅槃」舎利分配起塔」その他多数。
そのほとんどがガンダーラ出土。

第2章は、釈尊の教えとその継承」
「仏坐像」(ガンダーラ)「サンスクリット長阿含経」(ギルギット?)
「アショーカ王碑文拓本摩崖法勅」(シャーバーズ・ガリ)
それにストゥッコで作られた「仏塔部」「菩薩頭部」(ガンダーラ)その他多数。
(上のリンク先の画像は当ブログ内の画像です。龍谷ミュージアムの展示物の画像ではありません)

第3章は、「大乗仏教とガンダーラ・西域」
「妙法蓮華経」(敦煌写本)「ネパール梵本無量寿経榊本」(ネパール)
「ジャータカ浮彫・兎本生」(ガンダーラ)「ガンダーラ語碑文」(ガンダーラ)その他多数。

第4章は、浄土教の成立と展開
「無量寿経・巻上」(敦煌写本)「浄土三部経」(日本・江戸時代)「仏三尊像」(ガンダーラ)
「阿弥陀浄土図壁画」(敦煌莫高窟)他

西本願寺 御影堂

そして特別展示は、日本における仏教と親鸞へと繋がっていく。
第1章 仏教伝来と浄土教の広がり
第2章 親鸞の生涯と教え
第3章 教団の発展と真宗美術
第4章 受け継がれる親鸞の教え

「親鸞聖人座像」(神奈川・善福寺)「釈迦如来坐像」(奈良・五條市)
「阿弥陀三尊立像」(善光寺如来)「聖徳太子絵伝」(兵庫・鶴林寺)その他多数

いずれも会期によって、展示が異なります。
詳しい会期と展示は、龍谷ミュージアムのHPで確認願います。

そして、中国・新疆ウイグル自治区のトルファン郊外にあるベゼクリク石窟寺院の
失われた寺院壁画を、龍谷大学がデジタル技術を駆使して見事に復元。
そのかつて11世紀頃に造られたと思われる西ウイグル王国の石窟寺院壁画の復元の中を
圧倒的な威厳と言うか威光と言うかあるいは浄土と言ってもよい温かみと共に、
己自信が釈尊に包まれるかのように、ゆっくりと歩いてきました。

最後に3階にあるミュージアムシアターの超高精度の映像迫力で、見てきました。
『伝えゆくもの ~西本願寺の障壁画~』
『よみがえる幻の大回廊 ~ベゼクリク石窟~』

障壁画の中の虎の間の虎は、現在ではほとんどモノクロになっていますが、
それを復元させて、まるでシアタースクリーン自体が従来の迫力ある虎たちいっぱいになります。
シアターの音響と共に体感してみてください。

このシアターもぜひご覧いただきたいのですが、7月は24日までで、25日からは本願寺大法要の為
混乱を回避するとのことで上映されません。
しかし8月27日以降はまた復活します。上映日はHPにて確認願います。

私のええ加減な仏教感はともかく、このミュージアムのひとつのポリシーは、
「断片的ではなく重層的な仏教を体感して概観する」ことだと思います。
聖徳太子、空海、最澄、法然、親鸞、道元、栄西、日蓮。。。その他多くの僧たちが
日本の仏教にいかに関わってきたか、その時代背景や民衆の中の信心とは、
そして、今を生きるとは・・・
ミュージアムの今回の展示構成は、私の期待半ばと言うところであったかもしれないが、
安堵感と刺激とまどろみの中で出会えた、一期一会だったように思います。

すぐ上の画像は、シアターが終わってスクリーンが収納されると現われる展望窓からのもの。
西本願寺は大修復が終わったばかりの御影堂屋根というか屋根瓦です。
この瓦一つひとつが今の現実のものとすれば、もちろんミュージアムの中の
2000年も前の展示品もまた、今ある現実のものかと思います。

学芸員様、事務職員様、私の記載に相違やねつ造があればご指摘ください。
よろしくお願いいたします。

また、当ブログで紹介してあるガンダーラの記事との項目リンクも後ほどしたいと思います。
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【なが~い祇園祭】
2011/07/21(Thu)
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山鉾も翌日にはこのように。。。これは月鉾のようだ。
この際にも、一人鉾の中部へ乗って金扇子をゆっくり扇ぎながら、
掛け声と言うか音頭と言うか、ゆったりとしたお囃子を詠いながら、高い鉾を横へ倒していた。

一見して祭りの後の優美な後片付け。。。だが祇園祭はまだまだ続いているようだった。

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その同じ四条寺町には八坂神社の3基の御神輿の御旅所があった。
17日の夕刻から八坂神社を出て数百人のりりしい男達が、勇壮に練り歩く、
そんな神輿の神幸際も祇園祭の一部。
静かで優雅な宵山から山鉾巡行に比べて、この神輿には勢いも荒々しさもある。
四条御旅所に7日間留まり、24日に八坂神社へ戻っていく。

7/1から始まり 7/10の鉾建 そして宵々山・宵山・巡行・神輿、その他花傘巡行などいろいろ、
7月の京は31日の夏越祭まで続く。

各町の山鉾維持保存や人出の借り出しなど、私が大学時代からも大変なお祭り。
京都の各大学にも、それぞれの山鉾の引手のお手伝いもあったことを思い出す。

学生時代は花街の祇園にもとんとご縁がなかったが、今もそんな優雅なお遊びは出来ない。
ただそんな花街の発展も、祇園祭に一役も二役もかっているのも事実。

一昔前の山鉾から撒かれたちまきを。。。食べたくなった。

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祇園白川の流れ
喫茶えびなのおばあちゃんの裏を流れる白川ですが、おばあちゃんには会えませんでした。
また。。。お元気で
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【鴨川の鴨になりたい 京都祇園祭 山鉾巡行】
2011/07/19(Tue)
110717鴨川

とりあえずめっちゃ暑い。
そんな中、涼しげな鴨川で戯れる 鴨2羽。。。鴨もお祭り気分なんや。。。

110717河原町三条

羨ましくもそんな鴨を横目で見ながら、東山方面から三条大橋を渡って河原町三条へ。

三条大橋のたもとにあったかつてはとても美しい駅で、
京都らしい駅の京阪三条駅はすでに地下へお隠れに。
ちょっと残念というか・・・私としてはかなり淋しい。

河原町三条の巡行沿道にはこの程度の人波。。。だが時刻はすでに巡行スタートの9時を回っていた。

110717河原町薙刀鉾01

山鉾巡行のスタートは9時。。。私は巡行とは逆にいきなり四条には行かず、河原町三条から歩いた。
上の画像は先頭の「長刀鉾」が四条通りから河原町に出て、方向転換するところをズームで。。。

110717河原町長刀鉾03

そして「長刀鉾」向かって歩いて行く。。。が
画像に「長刀鉾」に乗っている稚児が少しは写っているけれど、もう路上は身動きが取れない。

110717河原町長刀鉾04

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やはり擦れ違いの撮影チャンスは、あっという間に過ぎ去っていく。。。

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このまま南下して、河原町四条へは もう人の壁で歩けない。。。シャツの下は汗だく。
高瀬川沿いの先斗町へ逃げた。そして四条通へ出ての一枚は 2つ目の山鉾の「函谷鉾」(かんこぼこ)

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その後ろには3番手・4番手の鉾も見える。。。が、、、水辺の鴨が とても羨ましい

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今度は四条大橋から三条大橋方面を。。。夜はアベック(古い)でにぎわう河川敷だが 今は暑すぎる。

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四条通りを祇園・東山方面へ。。。京都南座の存在が際立つ。だが入ったことはない。

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そして 祇園を経て 八坂神社(祇園さん)・・・ここが祇園祭の社なのだ。

この日は大学の部活OB会へ出向いた京都だが、
35年ほど前は、この八坂神社の中を通って、円山公園の奥の中華料理店のコンパ会場へよく。。。
そんな中での思い出は、酔って帰り道、円山公園に私を投げ込んだやつがいた。。。こと。
若いって・・・いいね なんでもできた^^
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【次第に歳を食ってきたか?】
2011/07/05(Tue)
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7/2 めじな研究所 オフラインミーティング 2011

晴れたら地獄。。。でも曇りで良かった。

ただ寝れる磯を出来るだけリク。。。

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釣っているとこんな船が近づいてきた。。。確か。。。地球?
八戸で震災に遭遇した「ちきゅう」の修理後の試験航海か?

小サバのオンパレードだったので、しばし探査船「ちきゅう」を観察^^

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同じ磯に乗ったこのお方は、新島がホームグランウンド。
でもこのライフジャケットは地元新島では着れない。。。とか?

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港へ戻って他の人達のクーラーには、今晩の人間のエサが。。。たんまりと

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変なオッサンも良い歳食ってきたけど、こんなあんばいでこれからもいてね^^

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そんで、釣った魚を手分けして調理していただき。。。宴会
お疲れ様でした。ご馳走様でした。

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来年は、大葉は買わなくて、いいよ^^

10年前からのオフ会。。。みんな 良い歳食ったなぁ。

(この日の磯レポートはこちら)
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