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【50肩】
2011/08/29(Mon)
四捨五入すると60だが、一応五十肩。
40過ぎに、子供とキャッチボールしていて肩が痛くて投げられなかった。
「これが40肩かぁ」と思ったが、
なんだかんだといつの間にかそんな肩も治ってしまった。
股関節もそんな按配で、右が痛くてもいずれまた痛みは消えていた。

だが今回の肩の痛みは尋常ではない。
睡眠中の腕の動きは意識的ではないから、すぐに激痛で起きる。
自覚したのは今年の4月頃だろうか。。。

いろいろと経験者から話を伺うと、やはり7か月は我慢か。
あと・・・・2か月
プールも右をメインにして泳ぐ。
次第に、左の融通がどれだけ効いてくるか、これからが楽しみだ。

もちろん大きく腕を振って歩けない。
たまに走ると激痛が。。。
これではひったくりに会っても、追いかけられないな。情けないけど。。。

歩くのも走るのも、身体全体を使わないと満足に出来ないことに気づかされる。
「あたりまえが一番」
そんな言葉をあらためて感じる年なのだ。
そして50肩もまた 良し と思いたい。

先日、百数十人に50肩のおっさんが遊んでもらいました。
さて下記の画像に、何人の男性がいるでしょう?
若い時はその時にしかできないこと・・・いっぱいあって、いっぱいしてみたいですね。

110824MWC01
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【今日は京都五山の送り火】
2011/08/16(Tue)
110717三条鴨川

残念だが五山の送り火の画像はない。
40年ほど前なら、ここ三条大橋からも見えたかもしれない。
今出川堀川辺りのホテル7階から見ても難しい。
今はすでに10階建てのマンションが乱立気味なのだ。

さて子供の頃のお盆と言えば「熱帯夜を夜通し遊べる年に一度の怪しき一夜」
とは言っても小学生の頃はビービー弾で町の神社で夜の戦争ごっこ。おもろかったなぁ。
あの頃はコンバットもあった時代で、木で機関銃をまねて作って地べたに這いつくばって遊んだものだ。
でもビービー弾は実際に玉が飛ぶんやもんね。
高校にもなると、もちろん相手は男ではなく、銃でもなく、無意識な違うピストルだったのかも。

関西でのお盆は、この京の送り火をもって終焉となる。
年に一度、先祖の霊魂を家に迎え入れ、そして16日にまた送る、それがお盆。
盆踊りに精霊流し、海ではお供え物を海に流したものだ。

そんな風習も今は少くなって、今年の送り火とて震災の槇を使うの使わないの。。。

龍谷ミュージアムでの「釈尊と親鸞」は、現代になにを示唆しているのか、肌で感じたいものだ。

本来釈尊も親鸞も霊魂については何も触れていない。死後の世界も論じていない。
世は無常である無我であって、全てのものが縁起によって関わりあっているという宇宙観を見出し、
宗教とはいえ、唯一神を持たないという意味ではとてもユニークな思想であり哲学かと思う。

人それぞれの自我がある限りそれは煩悩そのもの、親鸞は自己の煩悩さえ捨てきれないとも言った。
親鸞自身は平民として妻も子供もいたのだが、その思想とはまさに逆転の発想であり、
追善供養も霊も、そして弟子一人も認めなかった。

「いくらもがいても あがいても それはあなたの煩悩そのものです」
「そんな自我の中で悩んで怒りや不安を抱いているのなら、全てを阿弥陀仏の本願に委ねれば。。」
「偉くなればなるほど鼻持ちならぬ己になる。それははらだちであり愚かさそのものだ」

物事をあきらかにみて、次の出来ることへと進みなさい。。。と
生きるも病むも、老いるも死ぬも、全て本願のなせる業。。。という事だろうか。
ならば、その山あり谷ありの生き様の中で、自分らしく楽しみなさいよ。。。と

お盆にお寺さんが家に参ってくれる。
法事の時も仏壇に向かって。。。南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏

だが思春期の頃から不思議に思ったのは、
「死んだ人に対して念仏しても。。。何の意味があるんや?」
でも今の僧はきっと言うだろう。。。「それは今までのしきたりです」と。
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【移動か旅なのか】
2011/08/07(Sun)
110804羽田tmn2_02

いつもの羽田空港第2ターミナルの南端。
ここから新たなD滑走路が見える。。。と言うよりD滑走路の橋げた?が見える。

見るからにターミナルがある位置より高い位置にある。
D滑走路に向かって1機がそのスロープを移動していく。
こうして見ると広大でゆとりがある空港に見えるが、航空に乗って窓から見る限り、
他の航空機や車がひっきりなしに右往左往。。。羽と羽がぶつからないか心配にもなる。
管制官もすこぶる大変だと思う。

少なくとも自分で「今日はどの滑走路からどっち向きに飛ぶのか」確認するタイプ。
搭乗ゲートと空港の構図を認識している限り、判断できる。
それがなんの役に立つのか・・・まったく意味はない。
ただ後になって・・・なるほど、と納得する部分があったりもする。

もちろん風向きや騒音、そして離発着の混雑状況や出発のタイミングなどが左右するだろう。
全く同じ便を何度も使っていると、その日の環境までも少しはわかるのだ。
10分前までは南向きに飛んでいたものが、今は北向き。。。そんなこともざらである。

朝早かったので、さっと機内で寝てしまった。
着陸態勢のアナウンスで目が覚める。
寝覚めが良かったのか、窓側のお客に声をかけた。
「私は仕事で出かけるのですか、今日はどちらまで?」
そのお客は気さくに
「夏休みで今日は乗り継いで妻と香港まで。。。」

よくよく聞くと、そのお方も私と同郷でほぼ同い年。
しばらく子供の頃の同郷の思い出話に花が咲いた。
「あのキャンプ場は素晴らしかった。川から水を引いた冷たいプールで泳ぎましたよ」
お互いの共通話題はどこにでもあるが、幼少の頃の共通した体験談ほど楽しいものはない。

ついでにお仕事の話もさせていただくと、そのお方からご名刺もいただいた。
ありがたいかぎりである。

無事航空機は何事もなく着陸して、お別れした。
不安を抱えていてもきりがない。
閉じこもっていてもつまらない。
ほんの少しの時間、旅をイメージして話題を共有できたひと時に満足。
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【第2京阪道路】
2011/08/03(Wed)
110718第2京阪道路01

京都から大阪を経由して和歌山方面へ走る。
従来なら京都南ICから乗り、名神豊中ICを出て阪神高速へ行くのだが。。。

今はその混雑する名神や阪神高速を通らずして、全て高速で和歌山まで行ける。
それだけでもストレスは激減だと思ったが、一度は走ってみたかった第二京浜道路。

見る限り、何とも爽快な道路だろう。道路幅も広く交通量も少ない。
上の画像は、京滋バイパスと十字に交わる久御山(くみやま)JCT手前を南向きに撮ったもの。

写真左の緑地帯を見たかった。。。それも大きな理由なのだ。

昭和初期までここは大きな巨椋池(おぐらいけ)だった所。
それを今は埋め立てて農地になっているのだが。。。その歴史を紐解くと、
平安京遷都までさかのぼる。

桓武天皇は三方を山に囲まれた地で、東山は青龍・西山は白虎・北山方向は玄武と捉えて、
中国の風水の考え方を取り入れ、攻められ難い地としたようだが、
私としては「でわ南はあけっぴろげやん」と。。。

桓武天皇は三方ではなく、四方に四神相応の神霊に護られた都としたことは知らずにいたのだ。
その京の南側に位置するのが、この広大な巨椋池(おぐらいけ)であり、
宇治川・桂川・木津川が合流した地点で、ここを「南に朱雀が宿る」とされて、それで四神となる。

だがそんな大きな池は今はないし、従来の国道1号線や鉄道3線は、この巨椋池(おぐらいけ)を避けて
走っていた。大山崎・そして淀の競馬場付近を通ることに集約されていた。
だからこの巨椋池(おぐらいけ)今は広大な農地を、一度たりとも見たことがなかった。

車は京都駅南側の上鳥羽口から間もなく、
第二京阪上から朱雀の居る巨椋池(おぐらいけ)を真南へ突き抜けていたのだ。

110718第2京阪道路02

ゆっくりとかつての巨椋池(おぐらいけ)をイメージしてみたかったが、車は止められない。
そうこうしているうちに巨椋池(おぐらいけ)の南側に位置する久御山(くみやま)JCTだ。

巨椋池(おぐらいけ)の北側に位置する中書島へも何度も行った。
そこには宿場の宿の形を残した古風な下宿があった。そこに親しい学生友達の下宿があった。
そしてその近くにあの寺子屋も。
当時「中書島ってなんで島なん?」とも思ったものだが、そして月桂冠や黄桜で有名な伏見もそのすぐ近く。

寺も神社も見当たらない今の朱雀の地だが、一度そんな空想の中を走って、いや、
三つの河の合流点である商業や交通の要所としての地を、
そしてかつての巨椋池(おぐらいけ)を描きながら、のんびり歩いてみたいと思った。
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【カシオペアの旅(お客様画像)】
2011/08/01(Mon)
110719カシオペア01

7月下旬のカシオペアの旅。
とても仲の良い御兄弟夫婦6名様でご参加いただきました。

東京から北海道までの寝台列車は、このカシオペアとあとは北斗星。
しかしカシオペアはすべて個室仕様。
今回は6名様で3部屋を使って頂きました。

画像はダイニングカーでのフレンチディナー。
高いかどうかは別にしても、お客様は「とても美味しかったわ」とのこと。
航空機で1時間半の札幌だが、時間を使って旅を楽しんでいただいたようだ。

110720富良野ラベンダー

主な目的地は富良野・美瑛と函館。
まだあと一息といったラベンダー畑だが、このロケーションはまさに富良野盆地ですね。
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