禁じられた遊び



しなびたオヤジです。
子供の頃、ギターを持ったその時から弾き始めた曲。
それも1小節のみの満足感。
戦争を題材にしたこの映画よりも、
この曲のシンプルさとなめらかさが、心に残る。

この写真は南伊豆石廊崎の沖磯。
ソーダカツオとのやり取りであろうか・・・
高さ4m程の断崖の足場に立ちながら、魚との格闘さえもある。
でもそんな事は意に介さず、海の中の魚とのかけ引きを楽しむのだ。

それは無謀でも、危険でもない、ひとつのスポーツ。
でも危険というのは、何を指して危険とするのだろうか?

「禁じられた遊び」は危険というより、
人の醜い欲望の塊でしかない、最も危険な、人間の遊びなのだ。
何をもって危険とするかは、人それぞれ。
木に登る、高いところから飛び降りる、そして飛び跳ねる。
子供の頃にいろんな事をして来たはず。

そして、彼が登れるなら自分にも出来る、
彼が飛べるなら俺だって・・・
仲間が集れば、それに秀でた人は必ずいるものだ。

個人差はあっても、少しずつ自分の身体に体験させて、
その幅をその可能性を広げてきたはずなのに、
今の街の公園にはその可能性を試すものすらない。

「飛び降りてはいけない」
「登ってはいけない」
「飛んではいけない」
全て禁止だらけの「公園利用規則」

本当にこれで良いのだろうか・・・
人は公園に遊ばれているのではなく、
自分でいろんな事を試しながら遊ぶもの。
自分の失敗は、公園に問題があるのではなく、
自分にその責があるとなぜ思えないのだろうか。

「危険な遊び」とは人が決める事ではない。
それは自分で選ぶことではなかろうか。

「禁じられた遊び」のように、流されることなく
自分なりの体験を身に付け、自然の中で楽しめればと思います。
011010_01.jpg

コメント

niko

小さい頃から、あまり沢山これは危ない、これは危険だと言われ続け、
禁止令を出され続けると、自分から行動出来ない人間になってしまう…
そのままなら、まあ人畜無害かもしれないけど、
そんなヤツが、ある日抑圧から解放されて、変な方向へ暴走し出すと…
子供の頃体験出来ることを、させないのは、親の責任でもあるよね…

しなびたオコゼ

v-520オコゼです。
ワテなんかなぜか生まれつき危機管理は出来ております。
次第に大きくなって、少しは学習しとるんやろか??
腹減ったら食べる、危険な状態なら逃げる。
ただそれだけ・・・・
あっ、あと生殖と・・・^^
人間って、一人では育たんもんなぁ。
エエところもいっぱいあるけど、醜いところも・・・あるよね
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しなびたオコゼ

大阪の海沿いで1954/2月生まれ
3人兄弟の3男坊
25歳で単身横浜へ
幼少期この海で多くのオコゼがいた
だがもうこの海岸線は消された
砂地の浅瀬が消えた事で
生態系も変わったようだ
はて、この凡夫は
変わったのか、そのままなのか
煩悩の塊そのままで。。。

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