北前船と近江商人
2009/05/17(Sun)
090424北前船の里01

フグの子の糠漬け・粕漬けの前に、
そんな江戸時代からの発酵食品を支えたと思われる北前船の里を訪ねた。
ここは北前船の船主の屋敷。重厚で落ち着いた屋敷や町並みを今も保存してある。
とても好きです、石畳の道と焼き板塀のある街並み。

090424北前船の里03

こんな海の傍のしっとりと町を、のんびり歩いてみたいと思いませんか?
北前船の船主の屋敷を複数、またこの一帯の町並みをも保存してあるのだ。

090424北前船の里04

20分の1の北前船だろうか、資料館にあった「廣徳丸」
その名も「広く徳を積む船」かもしれない。
これも船大工が作ったものらしい。

春から秋までの間に、大阪を出発して北海道まで一往復する。
もちろんその寄港地は瀬戸内海の鞆の浦や琴平など各地に立ち寄り
関門海峡を経て日本海沿岸にまた寄港しながら北海道までの一往復。
それぞれの地で仕入れては販売していく、その当時ひとつの器での大量輸送だったのかもしれない。
ただ、地元での小売はしなかったらしい。
この地域の海岸線の地形も浅く、沖合いに留めて伝馬船で戻ったという。

090424北前船の里02

だが、日本海が荒れる冬は航海をしない。
船乗り達は大阪から陸路で、近江・若狭を通って足で北陸まで帰ったのだ。
大阪では海での係留ではなく、水の都の川へ留めておいて・・・

北海道の日持ちのする昆布を大阪へ、またニシンのしめかすを綿花を育てる
西日本の有機飼料として運んだ。

これだけ広域各地の多彩な産物を、必要なところへ運び卸して売る。

それを聞いた時、
「ふむ、広域マーケティングをしながら、適材適所に物資を運んで、卸商を営む」
これって、近江商人の家訓である「買い手良し、売り手良し、世間良し」の「三方良し」だな・・・
と強く感心してしまった。

090424北前船の里05

ここは蔵六園と云われる船主の屋敷。
20近くの部屋と広大な庭を配置した江戸時代後期のもの。
その樹を見ればその歴史も納得するが、館においては決して派手さや仰々しさはない。
そんな面持ちの屋敷ほど、地元の「世間良し」に繋がっているのかもしれないと思った。
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