【三丁目の夕日そして縁-旅】

三丁目の夕日01
画像は「ALWAYS 三丁目の夕日」製作委員会より

今夜テレビでまた放映されるらしい。"ALWAYS三丁目の夕日"
何度見ても飽きないのだが。。。



あたり前と思えること 
そして ありえないと思っていること

  「泣きたくはないなぁ、せっかくの旅だもん」
       ⇔「あなたの心のひだに触れる人に、出会えるかもしれない旅」

  「人生何と言っても金と物」 
       ⇔「金があっても楽しめない自分を実感して」

  「今まで随分と嘘をついてきた」
       ⇔「自分についた嘘はどれだけあるか気づいてみる」

  「勝ち組-負け組、成功-失敗、ポジティブ-ネガティブ」 
       ⇔「リラックスして、欲望達成ゲームから降りてみる」

  「今さらガキみたいなことができるか」
       ⇔「今だから童心にかえれる」

  「自分ひとりで何とかできる」 
       ⇔「皆がいてはじめて"おかげさま"でと思える」

  「明確な生き方をしたい」 
       ⇔「生身の人間と、あいまいさを大切に、適当を体感する」

こんなフレーズが出てきたのも、三丁目の夕日の "おかげ"
いや人と人のつながりの "おかげさま"

コメント

コボ

見ました。三丁目の夕日。途中からでしたが。

あの頃は みんな“希望”があった。
その希望に向かって突き進む“勇気”もあった。

それが、いつの間にか、どこかに隠れてしまった。
当たり前のことを当たり前にやって当たり前。

そこには“希望”も“勇気”も あるのだろうか?

okoze

当たり前
当たり前田のクラッカーですね。

初めましてコボさん

当たり前でないことをするのが、いけない世の中になってますね。

でも、「朝専用缶コーヒー」もあるけど、午後でも飲みたいと思うのは、なんで?

きっと、誰かがするのを待って、それに付いて行くのが、当たり前になっているのかもですね。

それも「おかげさまで」かもしれないのに、そんな気持ちも思いも。。。ないのかも。

コボ

そうしなければならない事なら当たり前で良いのです。

問題は、当たり前にありふれた事を、当たり前のようにする事-希望はあったのに勇気がなかったのでしょうかね。

okoze

一人称
六ちゃんが、二階の窓辺でメソメソ泣いているとき、
一平君が発した言葉は。。。「どうしたの?お腹でも痛いの?」でしたね。

一平君の希望は、「可愛そう、どうにかしてあげたい」と聞いてあげたのかも。

彼は平気で勇気をもって、希望に変えていた。。。と思えたのは、2回見たときのことでした。

コボ

実母に会いたいという淳之介の思いを
一平は勇気をもって、希望に変えようとした。
しかし、結果的に、
淳之介は実母の思いだけを希望に変えた・・のかな。

自分と異なる意見を持つ相手は
対立するより尊重した方が良いということなのかな。

okoze

人のあたたかさ
子供ほど敏感ですね。
希望がそのあたたかみでね。。。

そんな子供に対して、わてなんぞは
つい先読みしたり、空言を口走ったり、批難したり。。。

大人って、「なんぞや」とつくづく。。。

コボ

大人だって いつかは子供だった。
ただ それを覚えている大人は 少ない...

竜之介が、ヒロミの左手薬指にはめた、指輪
大人には見えなくても 彼らには見えるのでしょうね。

okoze

続きますねぇ
子供の希望は現実的ですよね。
子が駄々をこねて、欲しいものを欲しがった時、
親は「また今度ね、それまで我慢しなさい」って。。。
でも子供は、「今度なんだな、今度は買ってもらえる手に入れられる」としっかり覚えてますよね^^

子供の頃は、「尊重・尊敬」なんて意味がわからなかった。
「大切にしないといけないんだ」とその程度。
そんな意味では、大人の空言は子供をがっかりさせますね^^

ただ、それを覚えていくことが、大人へのプロセスなのかもですね。

小雪さんに指輪は見えていたと思います。
でもそれを現実に。。。しなかった。
大人って、複雑^^

コボ

アフリカの子供は 私の知る限り 駄々をこねない。
親は「また今度ね」とは決して言わない YesかNoだけ。
希望がないわけではない が「また」はない。
「また」はない だから「今」を大切にしなければ。

okoze

そうなのですね
という事は、「また今度日本人」とでも。。。^^

親も子供が、お店の床で地団駄踏んで「欲しいぃぃ」と泣き叫んだら、
「みっともないから。。。今度だけだぞ」と。。。
子供は「こうすれば手に入るんだ。。。」ですね^^

話は脱線しますが
恋人とて「また今度会おうね」とは言わないですね。
「10日の8時10分に、ハチ公の右側で。。。」
ですよね(笑

日本には曖昧文化という素敵なものがあるように思いますが、
今は形や手法に惑わされている中で、本当の気持ちを伝えていないのではないかと
感じました。

コボ

そうなのだ
だから、世界のアチコチで日本人はたかられるのですね。

アフリカ某国では入出国時に空港職員から賄賂を要求される事が多々あり、
日本人は“相手の気持ちを鑑みて”米ドルを渡してしまうのです。
現地通貨なら「いらない」って言われるのですが、負の連鎖ですね。

本当の気持ちを伝えるのは難しい。

okoze

私も
先日「寸志」という「賄賂」をいただきました。
もちろん要求したわけではないので、「寸志」は「賄賂」とは違うでしょうが、
日本の慣習の中に、「心付」という気持ちを伝える風習がありますね。
「お返し」や「粗供養」などもそんな気持ちを伝える手段でしょうか。。。

そんな意味では海外の「チップ」が、それに当てはまるのかも知れませんね。

そう考えると、日本人には、見知らぬ人に対して「自分の気持ちを伝える」ということが、
なかなか、難しい?
つい物や金?

コボ

確かに「寸志」は「心付」で、
所謂「ホスピタリティー」に対して
感謝の気持ちを表しているのですよね。

ただ、海外の「チップ」が、
日本のそれに当てはまるかどうかは
時と場合によって違いがあるように思います。

海外では「チップ」で生活してる人がいますので
チップを得るために最大限のサービスをします。

「ホスピタリティー」と「サービス」の違いは
その辺りにあるのかも知れません。
非公開コメント

しなびたオコゼ

大阪の海沿いで1954/2月生まれ
3人兄弟の3男坊
25歳で単身横浜へ
幼少期この海で多くのオコゼがいた
だがもうこの海岸線は消された
砂地の浅瀬が消えた事で
生態系も変わったようだ
はて、この凡夫は
変わったのか、そのままなのか
煩悩の塊そのままで。。。

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