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【宮本常一 没後30周年 東京フォーラム】
2011/06/07(Tue)
110604宮本常一フォーラム

前々回の記事で取り上げた「宮本常一 没後30周年フォーラム」へ
奇異なるご縁のお蔭で、行ってきた。

フォーラムのパネルディスカッションでは澁澤栄一氏の水戸学との関連。
それは宮本氏を支えた澁澤敬三氏から、ある程度受け継がれていたのではという背景を拝聴した。
澁澤栄一氏の「経世済民」と儒学思想の「和して同ぜず」

それらは私にとっては新鮮な感覚で受け止められた。
澁澤氏の生きた時代、育った地域、それらが澁澤氏に与える影響は大きかっただろうと。

「和して同ぜず」はまるで「ジグソーパズル」であることも頷ける。
宮本氏のフィールドワークは、そんなジグソーを一つひとつ聞き取って集めまわった軌跡なのかも。

一連のフォーラム主催者の長岡秀世さんも、震災期を同じくして、彼の言葉に偶然を感じられている。
「今だからこそ宮本の済民という考え方と知行合一を・・・」

風俗や習慣、伝説、民話、民具、家屋、音楽など古くから地域の中で伝承されてきた
有形、無形の民俗資料を伝え残すほどに、見えてくるものがある気がする。
民俗学を紐解く中での フォルクローレ・・・・(ピミエンタさんだ)。

民族学とも相繋がることは確かだが、そこに出てくる人物の名もまた偶然だった。
その方は「知的生産の技術」の著者である梅棹忠夫氏。
その方は国立民族学 初代館長でもあったようだが、そのことは全く私の知識にはなかった。

だが。。。。なぜ前回の記事「忘れていいよ」として、時のエバーノートとして
私の中から浮かびだしたのかは、偶然かつ、わからなくとも、とても奇異なことかと思った。

無常の中から生み出される偶然は、やはり必然なのかもしれない。
ということは、いずれそれは龍谷ミュージアムへと繋がるかどうか。。。
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