自然と同化する
2006/02/13(Mon)


しなびたオヤジです。
八丈島での釣りもまたまた思い通りにはいかなかったが、
それも自然と向き合っての事、やはり風やウネリには勝てない。
北西から吹く風が強く、前回の地図で言うところの、
南東向きのわずかな海岸でないと、釣りが出来ない。

でもバラシはしたが、関東沿岸では味わえない大物の感触も、
同行者の60cmオーバーとの格闘も、それはやはり楽しいもの。
全員が釣れないより、誰かが釣れている方が、絶対気持ちが良い。

そんな中で、こんな魚(画像)も釣れた魚のひとつ。
図鑑で調べると、それはトゲダルマガレイ
珊瑚礁域の浅い砂底に住む・・・
ちょうど釣った場所も、港の穏やかな環境の海であった。

子供の頃、よく海へ潜ってカレイを突いたものだ。
だがそれらは危険を感じると、平べったい身体を揺らして
すぐ砂の中へ浅く潜る。
一度目を離すと、それは全く分らなくなり、海底と同化する。
それは擬態という事でもあるのだが、生きる知恵、いや
生きる本能なのかもしれない。
DSCF0102.jpg

しなびたオコゼです。
我々はそんな自然にはむかう事は、即死を意味します。
だから出来ればそんな居住環境と同化する。
生きていく為の長い間に作られた遺伝子なんでしょうな。

だけど、人間界ではそれはそれで、一見して同化しているようで
そうではないみたい。
同じ人間は誰一人として居ないとか、あなたはあなた、私は私、
そして知恵がある分、可能性を見出そうともするだろう。
その結果、いろんな仕事や地位に付いている。

流行の服を着る、人から聞いた美味しい話につい
目を向けてしまう。
それらはひとつの同化かもしれないが、
生きる為にどうしても必要であるものとは思えない。
仕事は仕事、人の気持ちに訴えねば、
それは成し得ないものではあるが、
趣味や余暇の範囲で、いや食べるという原始的な本能に
おいては、ひねくれた同化なのかもしれない。

身体に良い食材を食べる、あるいは食べたい時に食べる
我々魚達は、そんなそんな生活をしているんだと・・・
人は皆、「いつも食べているから食べる」「3度のメシがあるから食べる」
果たしてそれが本来の自然との同化だろうか?・・・と思うのだ。
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