【たまたま】

071021南三陸ホテル観洋より
(上の画像は、2007年10月 南三陸ホテル観洋から撮った志津川湾)

たまたま 本を読んでいた。「計画と無計画の間」(三島 邦弘著)「小商いのすすめ」(平川 克美著)

たまたま 客人の話を聴いた。(近所のオッサンから聞いた新聞記事)

たままた 新聞ネタを拾って読んだ。「日経WEB 仕事はあるが集まらない 被災地雇用の現実」

たまたま 検索してみた。「内田 樹」

たまたま Youtubeを観た。「池田 晶子」

たまたま いろんなことが繋がった。「個とは 自分とは 考えるとは 死ぬとは 今・こことは」


たまたまとは書いたけれど、それはたまたまではなく、自分の興味や好奇心がなしえたこと。
人の行動の根本はそこにあると思う。でもたまたま見つかった。不思議なものだ。

現実は、「仕事があっても働かない」そんななんともはかない現象もあるようで。
一応新聞記事なので、私が確認したわけではない。
3/23の記事によると「働く意欲を削ぐ原因は心労だけではない。バラマキが続き、水産加工などの辛い仕事より楽で高い時給の仕事へ。いわゆる もらい慣れ。との声も現地で聞かれる。。。」とのこと。

それもまた人の普遍な心理・・・かもしれない。
いかに刺激しあい、興味を起こし、そして身体を動かすか。
いろんな取り組みは外部からもまだまだ続く。だが・・・地道に今を生きるしかないのだろうけれど。

もう少し温かくなれば、宮城釣り体験をやってみるか。
「獲物を釣るのではなく、今釣りをして、何もかも忘れて、夢中になる」そんな体験。
そして身体を立てて、自分のかつての身体の旋律を呼び戻して、リフレッシュして、
そして元気を取り戻せれば・・・

120327みなとみらい新港埠頭

昨日の横浜みなとみらい新港埠頭での光景。
中学生らしき少年が釣りをしていた。
いっぱいの釣り道具の中には、ジグも、イソメも、そして生きた餌も・・・「泳がせるんや!」
その生きた餌とは・・・ビニール袋に、水と共に手持ちで、6匹ほど。素晴らしい。

逞しいね、チャレンジしているね、夢中だね。。。。そのターゲットを聴くと マゴチらしい。

たまたまだけど たまたまではない。
偶然だけど 偶然ではない。。。いつも必然。

上の中学生のように いっぱいチャレンジして考えて身体を使って 「今」 を生きるしかないよね。

コメント

コボチ

新聞記事をオコゼさんに教えた近所のオッサンです。

“もらい慣れ”・・この言葉から直ぐに頭に浮かんだのは、
自分が過去に遭遇したアジアの、アフリカの人々のこと。
元々戦後賠償から始まった日本のODA。
確かに途上国の成長発展のための資金・人的援助だったとはいえ
実際に被援助国のためになったという例を私はあまり知らない。

実際に行って、見たアジアの、アフリカの国々・・
当時としては最新鋭の機器が、使われず、ほこりにまみれて倉庫に積み上げられていた。
聞けば、動かなくなったので放ってあるという。何とかしようと思わないのか聞くと、
そのうちまた新しいのをくれるから...古いものは壊れやすいし、修理するのも面倒。
新しい機械だったら何もしなくても数年は使える。欲しいと言えば日本は送ってくれるから待っている...
とか何とか。

日本人の善意が、こんなに粗末に扱われている事実に遭遇して驚愕したものです。
でも、もっと驚いたのは援助される側以上に援助する側がそれで儲けていること。

最近のODAはひも付きではない、被援助国の自助努力を求める成果型も増えているようですが、
本当にそうなのか確かめたことはありません。しかし、過去に一度でも“もらい慣れ”を経験した国々が、
人々が“自助努力”するようになるには考え方を変える必要もあるだろうし、時間もかかるだろうなぁ と思う。

okoze

自助努力
それも人それぞれといえばそうですね。
私とて「おまえはどやねん」と聞かれれば心もとないです。

自助・互助・扶助の3つを思えば、やはり地域の互助が足りないのかもしれませんね。

しかし核家族化といわれて久しい今の日本だし、
便利さや楽さかげんに慣れているなど、
また経済第一で進歩や発展があたりまえと叩きこまれている中では、
互助は育たないのかもしれません。

オールウェイズ三丁目の夕日のCGは進歩の証し。
ただ、あの昭和30年代の貧困な日本にあった地域のエネルギーは、今はないみたいですね。

コボチ

- 自助努力 -
Help them help themselves.
・・彼らが彼ら自身を助けられるように助けることが

自助努力を促すことに繋がるのではないかと私は思っています。

okoze

英語って
日本語より。。。短い
表現方法の違いもあるでしょうが、その分日本語は丁寧な言葉のかもですね。

人を促すなんて、私にはできませんが、かといって社会におんぶしてもらうつもりもあまりない。
社会や経済なんて、個の意思や意図とは異なる結果へ、なぜか落ち付いてしまっている気がします。

国や大きな社会ほど
非合理でもあり不条理な世なのに。。。

ただ、過去の凡例に縛られて、冒険も出来ないのなら、
あと短い人生を、堪能できない。

ちっちゃなことを、感性豊かに体感したいこの頃。

ようやく春らしくなってきた日本。
8日に、サクラメジナかサクラ鯛と遊んでみたいなぁ。
・・・待っててね。

コボチ

- - 自助努力 - -
最近 いろんなモノを貰います。

例えば衣類・・ご主人が亡くなって、
誰かが着てくれればという母の知人の要望で沢山貰いました。
下さった方々は最初東北の方々に寄付しようと考えた由ですが、
どんなに清潔に保管してあっても『古着はいらない』と言われたそうな。モッタイナイ。
私が着れる衣類は私が着て、
サイズが合わず着れないものはそれを着れる知人の他のものと交換しました。

例えばパソコン・・新しいのを買ったので古いのをあげると
まだ数年前製のパソコンを貰いました。パソコンは粗大ごみ扱いにならず、
製造メーカーが引き取るか業者に有料で引き取って貰うしかなく
下さった方も処分に困っていたそうな。モッタイナイ。

パソコン貰ったものの、しかし私にも不用な仕様なので結局
東日本大震災の被災者の方で必要とされる方に寄付しようと検索しましたら
一関で寄付を募っている団体に遭遇し詳細詰めるために交信しています。

担当K氏が下さる文章の行間には
東北の被災地の方々のやるせなさがにじみ出ています。

震災前はWindows7を使っていた方々が震災でそれを失ってしまったとき、
Windows95/98はいざ知らずWindowsVistaやWindowsXPに後戻りできるのだろうか

近所のオッサンは20年前のDOS/V機をまだ大事に使っているのに...

ただ寄付を募っている方の以下文言は気になりました:

被災地からは若い方が流出し人口の減少も大きく
職場もなく、人材育成の環境もなく、年寄りばかりというのが現実です。
被災地ではパチンコ店だけが大繁盛しています。
震災の復興は当初の予想以上に大変だと誰もが気づき始めているようです。

okoze

パチンコ
読んだ時に感覚が浮かびました。
「パチンコをしている時ほど、むなしいなぁ」と。

それもまた もったいない ですね。
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しなびたオコゼ

大阪の海沿いで1954/2月生まれ
3人兄弟の3男坊
25歳で単身横浜へ
幼少期この海で多くのオコゼがいた
だがもうこの海岸線は消された
砂地の浅瀬が消えた事で
生態系も変わったようだ
はて、この凡夫は
変わったのか、そのままなのか
煩悩の塊そのままで。。。

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