【夏の想い 長崎・島原】

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7/20 長崎はグラバー園から見た海景。
日本の造船技術を誇る造船所が並ぶ。
巨大船舶ばかりが高度な船舶技術ではないだろうが、10万トンクラスの海外客船も
ここで作られていることを思うと、また長崎に注目するべきものがある気がする。

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大浦天主堂。
日本のキリシタンの歴史や文化を語る上では欠かせない天主堂。

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長崎平和公園。
戦争により落とされた、原爆の爆心地からそう離れていないところにある。

まだ71年前のことだが、これもまた明白な悲惨な歴史的事実。
見栄かプライドか、利益か国益か、はたまたエゴイスティックな国家権力か。
少なくとも何の罪もない多くの庶民が犠牲になったことは、まぎれもない事実。

明らかに見よ・・・天主堂も平和公園も語りかけている。
明らかに見て、諦めよ・・・そうも言っている気がするのだ。
しかし、諦めるということは、いつまでもそこにとどまるのではなく、
少なくとも1歩でも前に進むことだ。
それが人の知恵であり生き方ではないだろうか。

だが・・・・今の日本はどうだろう。

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島原城から見た眉山。
その後ろには雲仙普賢岳。
かつての眉山の噴火による「島原大変、肥後迷惑」
普賢岳の前の眉山の半分がぶっ飛んだために、有明海の対岸である熊本でも津波の被害。
火山国日本である限り、地球の、自然のエネルギーや驚異を、
様々なところで歴史が物語っている。

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もちろん普賢岳の火砕流や土石流の爪痕も見てきた。
海の近くまで流されてきた土石流は、その家屋までゆっくりと土と岩で埋め尽くしていったのだ。

人間の思惑なんてその時代によっていろいろ変化もするだろう。
そんな思惑も大自然の驚異と比べれば小さな悪あがきかもしれない。
しかし、長崎の人も広島の方も島原の方々もその後その地に根を下ろしてがんばっている。

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島原の武家屋敷跡の清流。
山がもたらしてくれる清らかな湧水。
この水は、権力のある人そうでない人、武士も平民も全てが利用できたはず。
これからもこの水を、多くの人達がありのままで使える世の中であってほしいと願う。

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しなびたオコゼ

大阪の海沿いで1954/2月生まれ
3人兄弟の3男坊
25歳で単身横浜へ
幼少期この海で多くのオコゼがいた
だがもうこの海岸線は消された
砂地の浅瀬が消えた事で
生態系も変わったようだ
はて、この凡夫は
変わったのか、そのままなのか
煩悩の塊そのままで。。。

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