タキシラの風景

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タキシラの道 右側には小麦畑も

永遠と続きそうな「ガンダーラウィーク」記事。読者の一部からは「長すぎて、読めない」「下手すぎて、わからへん」などと聞こえてきますが、それでもめげずに、へこたれずに・・・(笑)

少し街から外れるとこんな道路がほとんど。でもここの並木道は、なんかエエ感じでしょ。さすが歴史あるタキシラの路。樹も古いわね^^ ただ道路の両側は、どこへいってもだいたい未舗装なんやわ。

石の街タキシラ ここは壷が多かった

タキシラの街の中心部からは外れているが、こんなお店や石やさんがやはり多く目に付くんよ。


ジョーリアン ストゥーパ入り口 

小高い丘の上に立つジョーリアン ストゥーパ。真昼間の約200段階段は少しだけキツイ!でもこの時期、画像のようなアカシアの花がとてもいい香りで我々を迎えてくれた。そう、この花の蜜が、この地方のハニーになるのだ。とても癖がなくまろやかでんねん^^

世界遺産近くの民家 ジョーリアン ストゥーパにて

ストゥーパから周りを見るのが好きでんな。そんな中で見つけた民家。おそらくストーパより歴史は浅いだろうが、つい覗いてみたくなる。古代のそれとは全く違うのだが、でも同じ人間の営みなんよね。


焼きたてのチャパティ タキシラ博物館にて

薄いチャパティと少しぶ厚いナンは、パキスタンでもごくメジャーやね。それもほとんどのところは、このように焼き立てを出してくれる。熱くて触れないナンもあるほど、なんよ^^


ランチ タキシラ博物館にて

博物館敷地内の特設会場にて昼食を頂きました。ブーゲンビリアもまた藤の花のような色彩を放つジャカラータという樹も、この博物館にとても優しく、マッチしていましたね。ホッとする風景でもあった。


大変おいしいミルクティー タキシラのPTDCレストランにて

バキスタンでは紅茶っしょ。その中でもミルクティー・・・濃い水牛ミルクがとてもGood。


さてここからはタキシラ博物館内へ
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金を施された仏陀 タキシラ博物館にて

仏陀像にもかつては華やかな金が・・・そんな仏陀をこの地の人達は神様以上の存在として、崇めたのだろう。そう、神々しい仏陀物語の中で、いろんな彫刻を施して。


シッダールタの誕生・入浴 タキシラ博物館にて

シッダールタの誕生と入浴をかたどっている。仏陀とはそのゴータマ シッダールタ(ガウタマ シッダールタとも言う)が悟り(覚りとも書く)開いた後の姿。彼の周りには、いろんな伝説が付きまとう。そして彼の前世物語(ジャータカ)までも生まれているのだ。そしてもちろん彼を生んだ母マーヤも、それは聖母マリアと瓜二つのようでもあったのだ。


菩薩像 タキシラ博物館にて

ヒゲもたくわえ、また身体に装飾品も着けている。その菩薩とは仏陀の前の姿。まだ人間の真理、宇宙の真実が何であるかを、完全には見出しえない時点の僧のことを、菩薩と言われている。


仏塔  モラモラドゥ ストゥーパ

ストゥーパとはこのような仏塔を差しているのだと思う。これも2世紀から4世紀のもの。模造品ではない。当時の僧や人々は、この仏塔を中心としてお参りし、その周りに僧院などを併設していた。仏塔はこんな小サイズのものから、この後に出てくるダルマラージカのような大きなものまである。


子供達(偶然にも婚礼に遭遇) ジュリアン ストゥーパ駐車場にて

私の目からは婚礼の際の子供とは受け取れなかったのだが、あとでガイド役のジャベット氏から「さっきの家の子供達は、婚礼の家の子供達ですね」と・・・やはりよく見ると、おめかししているね^^


奉献塔に刻まれた彫刻 石膏 ジョーリアン ストゥーパにて

石膏で作られた奉献塔の彫刻の数々・・・その仏陀像や菩薩像の間には、ギリシャイオニア式の石柱が見て取れる。そしてわずかに残った色とりどりの色彩も、ほんの少し見えていた。その事をしきりに説明するジャベット氏・・・それはそれは華やかな奉献塔であって、それらの塑像が今もなお、ここに存在していることが、なぜか嬉しいと感じる。

ダルマラージカ ストゥーパ 日本語掲示板
比較的大きく、案外と平地に立てられたストゥーパ。このストゥーパという言葉が、現在の日本でも使われている。何のことか、わかりますか?

ダルマラージカ ストゥーパ

遺跡巡りも少々疲れた。だかこの広大な寺院に入ると、見たことも触れたこともない宝物があるようで・・・とにかく静かなんよ。

ダルマラージカ ストゥーパ

四角い台座の上に乗り、当時の人々は丸い仏塔の周りを左から右回りへ、お参りしたという。そんな足元にも、数々の彫刻と、人や自然に侵食された仏像痕があったのだ。

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ここからは紀元前の古代都市「シルカップ」(SIRKAP)跡

シルカップシティ 

前記事で述べたように、タキシラという東西文化の交差点は紀元前2世紀から紀元後2世紀頃の間に、こんな古代都市シルカップを作っていたんだね。そして機能的に、美観も考えて・・・その1km弱の直線のメインストリートに立つと・・・
奈良時代は確か8世紀だよね。

シルカップシティ


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夕景の古代都市・・・そんな空を見ていると、子供の頃の空を想い出しましたよ。この画像のストゥーパの基台正面の壁面には、あの有名な双頭鷲が刻まれているのです。そしてギリシャ・ペルシャ・インドの
文化がここに見て取れる・・・やはり、ここはとても大きな交差点やったんや。

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★★ ガンダーラ ウィーク スケジュール ★★

コメント

夢見るセブン

入浴
本当に読むのが追いつきません。
博士の領域か…
でも「シッダールタの誕生と入浴をかたどっている。」入浴?カンジョウでは無いですか?灌頂-甘茶かけまくり!

しなびたオコゼ

こ足労願います^^
v-520
灌頂ですか?
灌頂の意味さえもわかれへん^^;
古来のインドの慣わしで、それがのちの仏教にも取り入れられ、やがて密教と言われる仏教宗派の中で、受け継がれた儀式みたいでんな。
ここでは王子の誕生(ゴータマ シッタールダと命名)において、王位の継承と立派な王になるようにとの願いをこめ、頭に数的の高貴な水をたらす、そんな儀式やったんやね。

ほんま、調べれば調べるほど、いっぱい出てきますわ(笑)

ワテは、比叡山はそれほど行けなかったですが、高野山は何回行った事やら・・・・でも今でも高野山でも仏様とのご縁を結ぶ為の灌頂、やっているようですね。
ご足労お掛けしています。有難うございます。

博多の貴公子

おもろいよ 週末の夜に
ゆっくり読みたい気分

>ストゥーパ 語感からいくと卒塔婆?

しなびたオコゼ

卒塔婆
です。・・・・ビンボーン♪
卒塔婆(そとば)
ストゥーパ(上の画像)が中国へ渡り卒塔婆へ・・・
釈迦(シッダールタが悟りを開き、仏陀となる。釈尊とも言う)が、涅槃(死去や悟りを開くとも捉えられる)に入り、8つに骨が分けられ、インドの8箇所へ埋められたようだ。
その上に建てた塔が、ストゥーパ。

私も実家の墓までよく卒塔婆と花と線香を持って・・・
なぜか墓が好きな少年でもあったなぁ。

ストゥーパ(仏塔)の上の何重もの笠は、日本の五重塔の上の部分そのものだよね。

ただ見てきたいろんなストゥーパ(仏塔)だが、そこには釈迦の骨はないであろうと思われる。
骨が入ったストゥーパは仏塔」ではなく「仏舎利塔」ですね。

私の戒名を書いた卒塔婆は、墓ではなく、ひょっとして海に漂うのかもしれへんな。v-520
非公開コメント

しなびたオコゼ

大阪の海沿いで1954/2月生まれ
3人兄弟の3男坊
25歳で単身横浜へ
幼少期この海で多くのオコゼがいた
だがもうこの海岸線は消された
砂地の浅瀬が消えた事で
生態系も変わったようだ
はて、この凡夫は
変わったのか、そのままなのか
煩悩の塊そのままで。。。

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