天空の山岳寺院遺跡
2006/05/29(Mon)
それはタフティ・バーイ山岳寺院(Takht Bahi)(タクティ バヒとも言う)
その高さも、規模も他にはないものかもしれない。たかが階段300段以上されど300段以上。最上部までは400段は下らない。
そんなところにこれほどの石造寺院がある。
ここも紀元後2世紀から5世紀に造られたと言われている。

タフティ バイ遺跡(タクティ バヒとも言う)までひたすら登る

午後1時過ぎ、暑い中で日陰が少ない。
タオルを水で濡らして頭にかける。そうでもしないとこの時期は辛い。
天空や山岳といっても、小高い山の上にあると言っても良いかもしれない。
だが我々は見学のための階段を上がるだけ。
この遺跡もユネスコ世界文化遺産にしてされているのだが、
これだけの規模で、大量の石を運び、遺跡を作り出したとすると・・・
きっとそのエネルギーや民衆の心は、大きなパワーとなって、
一つの大きな拠所になっていたのかもしれない。

僧院から最上部を望む

遺跡の中心部から、最上部を見ても、ここの傾斜が良くわかる。

この遺跡の発掘は1907~1911にかけて、イギリスの考古学者?スプーナーやハーゲリーブスらによって発掘された。
数多くの石彫やストゥッコ塑像はペシャワール博物館に数多く展示されている。

寺院の中心 仏塔の貴檀

仏塔(ストゥーパ)の基壇しかないのだが、それらの周りの壁寵の多さと大きさは、他に類を見ないほどである。

そのままの形で残されている仏陀像

唯一当時のままで残されていた仏陀像。
この大きさでそのまま残っているなんて・・・・

DSCF0253.jpg


瞑想室への入り口

ガンダーラの中では発見されている遺跡の中では、唯一の存在かもしれない瞑想室。
この入り口のまだその奥に、真っ暗なスペースが複数あるのだ。
そしてその天井には、コウモリもいた。

タフティ・バイ山岳寺院 最上部より

今回のガンダーラウィークの中でも、最も訪れてみたかった遺跡の一つだった。
ここから見ると僧院区、奉献塔区などが良くわかる。
そしてこの天空において、数多くの仏教巡礼者と、そこに出入りしていた僧侶達は、己の瞑想や解脱、そして悟りを得る為の生活を過ごしていたのだと。

★★ ガンダーラ ウィーク スケジュール ★★
タクティバヒ11

駐車場から見上げる。

タクティバヒ13

もちろんここも世界文化遺産に指定されている。

タクティバヒ10

日本語表記の解説板。ぜひご一読下さい。

タクティバヒ01

こうしてみると、やはりなだらかな傾斜ではない。

タクティバヒ04

主塔院の周りに配置されたそれぞれの室には、仏陀像や菩薩像が配置されていた。

タクティバヒ05

唯一残った室の仏陀立像(如来立像)。博物館へ移送したいところだが・・・・
静かに1500年以上の無常空間のなかでたたずんでいる。

タクティバヒ03

冥想室部・・・奉献塔や僧院などの大きさを見ても、この寺院の存在の大きさが解る

タクティバヒ06

タクティバヒ07

タクティバヒ08

タクティバヒ09

タクティバヒ12

そして連なる隣の山を望むと・・・
まだまだ発掘すれば、さらに広大なこの寺院の全容が現れるかもしれないのだ。
この記事のURL |  旅 パキスタン ガンダーラ | CM(7) | TB(0) | ▲ top
<<べシャワール博物館(Peshawar Museum) | メイン | 緊張の中の休息>>
コメント
-  -
山岳寺院での当時の生活を想像してたら
なかなか大変だったろうね

まず水と食料の確保だけど
井戸と川と雨水(?)からだよね
食料は多分寄進で維持できただろうし
でも最後は侵略によってイスラムの教えが広まり
寺院も教団も維持できなくなったわけだ
それとも中世で教会が堕落したように
人々の心が離反するようなことでもあったのかな?

どちらにしてもはるか昔のことだねぇ、、、
2006/06/01 10:37  | URL | 博多の貴公子 #-[ 編集]
- するどい! -
v-520
そそ、こんなところにこんなもの作って、水がなければ・・・
タフティ バイ山岳寺院(Takht Bahi)
の名の由来は、
「丘の上の泉・井戸」という事らしい。
実際にこの丘の上に井戸の遺構があり、
32.9haに渡って、その遺構が広がっているとのこと。

現地の日本語ガイドは、当然そこいらの説明もしっかりしてくれはります。
でも、この熱い中、写真撮って、実際に見て、
そしてガイドの話をメモるなんて・・・・
ハードやろ?


2006/06/01 12:00  | URL | しなびたオコゼ #-[ 編集]
- 結論ですか -
まだちょっと早いかも(笑)
一概に侵略といっても、それを私は鵜呑みにはしたくはない。
現インド(ネパールの近く)で生まれた釈尊(釈迦)であり、現インドで広まった仏教・・・・
それがなぜ衰退していったか・・・
2006/06/01 12:26  | URL | しなびたオヤジ #-[ 編集]
- 仏像 -
上から4番目にある写真の仏像は1995年に突然発見されました。タフティ・バイの僧院へ上がる階段が大雨で流されてしまい、写真の仏像、そして数多くのコインなどが出てきました。これほどの奇跡はガンダーラの中でも珍しいのではないでしょうか・・・!
2006/06/04 15:59  | URL | カイザー #-[ 編集]
- 大雨が・・・ -
それで仏像の脚が埋まっていた・・・・
というより、1995年なんて、1世紀・2世紀からすれば、ごくごく最近のこと。
脚が埋まっているというより、1800年ぶりに現れた・・・・
ちなみに、この僧院のすぐ横の峰には、まだかなりの遺跡の石積みが、肉眼でもハッキリ見えていましたね。
新たな発掘も、また現在の遺跡修復も、少しずつではあるがパキスタンの手で行われている様子が伺えましたよ。
2006/06/04 16:56  | URL | しなびたオヤジ #-[ 編集]
- タフティバイ周辺・・・ -
そうですね・・・タフティバイの周辺はまだまだ発掘されていない場所は数多くあります。ここだけではなく、ガンダーラの中では実際に発掘されているところは2割しかないようです・・・政府に余裕がないのか・・・!やるきがないのか・・!?
周辺の村の子供たちがコイン、小さな仏像などを見学に来たお客に一生懸命売ろうとする姿も・・・
国宝ですから何とかをしなければならないと思いますが・・・
2006/06/05 09:53  | URL | カイザー #-[ 編集]
- 掘れば出る -
v-520
そうみたいでんな、ガンダーラ全体でもまだ2割程度・・・・
かつての仏像が刻まれたカニシカコインなんかも、見つかれば大変なものなんやろけど、子供達でも掘れん事はないよね。
だけどそんなに物売りは多くなかったよ。居てもしつこくもないし^^
そやけど、それがもし本物だったらと考えると・・・・
2006/06/05 10:59  | URL | しなびたオコゼ #-[ 編集]
コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する


▲ top
トラックバック
トラックバックURL
→http://sinabitakoze.blog35.fc2.com/tb.php/73-74eff2dd

| メイン |