ラホール博物館(Lahore Museum)
2006/06/16(Fri)
060430ラホール美術館「苦行仏」

しばらく記事の間があいてしまった。
ガンダーラの旅もそろそろ終焉へと近づいているのだが、
最後の博物館がラホール博物館であり、ガンダーラ美術の観点からも、最も貴重で優美な作品も多い。
それはイギリス統治時代に発掘された秀作の数々を、
イギリス側がここへ集めたと言っても良いのだろう。
その最たるものがこの「苦行仏」であると言われている。
シッダールタは出家を決意し、ただ一人その真理を突き詰めるべく、
僧であるべき事を全て修行してきたのだが・・・・

060430ラホール美術館「苦行仏」


彼は断食という苦行の中で何を見出したのか・・・
世の無常であり、人は必ず老い、そして死に向かって進んでいるものであると。
だがこの断食の中で、彼の思いは
「まだ死にたくはない、悟りを得るまでは、死ねない」という欲であったのかもしれない。
老いること、死を迎えることへの恐怖は無くとも、
彼にはまだ、生きていたいという執着があった。
それは後の「煩悩」と言えるだろうが、欲がある限り、
執着がある限り、悟りは得られないと自己の中で気付いていったであろう。
そんな気付きを得られただけでも苦行の意味はあったとしても、
仏陀になるには苦行が全てではなかったし、
自己を痛めつけること自体意味の無いことを知った。
より大切なのは、落ち着いた心静かな状態であること、
それを苦行の中で知る結果となる。

だがこの作品・仏像自体、その繊細さと優美な曲線は、
なんとも言えない、哀愁とも慈愛とも受け取れる深さを感じられるのは、
私だけではないであろう。

060430ラホール博物館「魔物」

瞑想の中でシッダールタに襲い掛かる魔物の数々・・・
上の作品はそのおどろおどろしい魔物を具現化したものであろう。

シッダールタは、目に見えるもの、耳に聞こえるもの、
鼻で感じるもの、舌で感じるもの、身体で感じるもの、
意識で感じるもの、すべてが永遠のものではないと考える。
であるから、それに執着しても意味の無いこと。
たとえば、手に入れたと思っても、それはやがて手の中から消え行くであろう。
あるいは、自分が先に消えるであろうと。
つまり、手に入れたと思っても、それは一時的に手の中にある、
というだけのことなのだ・・・と。
ところが、人はその一時的に手にあるモノに執着をする。
だがすべては、やがて滅んでしまうものなのだから、
そのものに本質的実体は無いといってよい。
つまりは、すべては仮の姿なのだ。
この私も私が感じるすべてのものも、仮の姿に過ぎないのだと。
人は、そうした実体の無いものに執着している。
手に入れたい、手放したくない、関りあいたい、関りあいたくない、
自由にしたい、思うようにしたい、と欲求を起こしているのだ。
だから悩むのだ。苦しむのだ。迷うのだ・・・・

そんな中で彼は自分の中のいろんな悪魔とも出会う。
そして彼らはシッダールタを幾度と無く脅かすのだ。
だがシッダールタは、そんな悪魔も何の根拠も無い、
執着すべきものでもないことを知る。
そう、落ち着いた心静かな状態で、自分の心に気付くこと・・・・

ラホール博物館01(Lahore Museum)



ラホール博物館05(Lahore Museum)



ラホール博物館06(Lahore Museum)

金で包まれた仏陀像・・・・仏陀は当時、様々な神以上の存在であった。そして当時の人々は、そんな仏陀の心静かな有り様を思い浮かべながら、自己の中にある迷いを、次第におさめていったのかもしれない。

ラホール博物館28

ラホール博物館27

ラホール博物館26

ラホール博物館25

ラホール博物館24

ラホール博物館23

ラホール博物館22

★★ ガンダーラ ウィーク スケジュール ★★
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コメント
- ちょっと分かった気もするんですが… -
≫やがて滅んでしまうものなのだから、…つまりは、すべては仮の姿なのだ。
  この私も私が感じるすべてのものも、仮の姿に過ぎないのだと。…
だから…?「だから目の前の欲にとらわれることなく、今生きていることを喜び、楽しみなさい…。」「ありのままの姿を受け入れ、愛し慈しみなさい…。」って言うことなのかなぁ~?
2006/06/18 10:02  | URL | niko #Uhpbf45k[ 編集]
- 分かっていても… -
こんな日が近々やって来るって、分かっていても、
やっぱり狼狽え動揺し、現実で無ければよいと思う…
ありのままを、受け入れることが出来ずにもがいている私は、愚かなのかしら…。
でもきっと、その愚かな私を自分が受け止めることが出来れば、
自分が愚かな者だと認めることが出来れば、救われるのかなぁ~???
2006/06/19 02:12  | URL | niko #Uhpbf45k[ 編集]
- 無我 -
v-520
「全ての現象は変化し続けている」
にもかかわらず自分は変わらない。
難しいですねぇ・・・・・
となれば、自分の理想を求めれば求めるほど、
腹も立てば怒りもでる。
それを仏教の世界では
迷っていると表現するのでしょうね。

迷わないですむ方法・・・・
それは少なくとも、自分が迷っていることに
気付く事かもしれませんね。

愚かな自分にも、当然気付きたいと願う毎日です^^
2006/06/19 10:12  | URL | しなびたオコゼ #-[ 編集]
- 苦行する仏陀 -
おこぜ博士
 私には難しすぎ…。
でも、この彫刻はすごいですね。
この苦行仏、昔、日本で展示された記憶があります。 
池袋は、東武デパート横の美術館で見た記憶があります。
2006/06/19 10:34  | URL | 夢見るセブン #-[ 編集]
-  -
お、おっちゃんのオツムってこ 高尚やなぁ~
こげな精神世界も考察できるんやねぇ
何や知らん あ~たは前世はどこぞの
えら~い修行僧やってたんとちゃいますやろか?
2006/06/19 11:08  | URL | 博多の貴公子 #-[ 編集]
- いえ -
v-520
海の中の凡夫 いや 凡魚でおます
2006/06/19 11:24  | URL | しなびたオコゼ #-[ 編集]
- 仏陀苦行像 -
シナビタオコゼ様、しばらくでございます。仏陀苦行像・・・日本、中国と一味違うガンダーラの仏像はとにかく素晴らしいですね。それにシナビタオコゼ様の今回の説明はまた素晴らしいと思います。さすが仏教、ガンダーラのこと詳しいですね。いろんな宗教の予言者たちは修行したり、苦行したり、辛かったでしょうね。そのおかげでいまいろんな宗教が存在しているではないでしょうか・・・
僕なんかはダイエットも出来ないのに苦行はとても無理です(・^-^)
2006/06/20 15:56  | URL | カイザー #-[ 編集]
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